人名用漢字の新字旧字

第129回 「仐」と「傘」と「繖」

筆者:
2017年3月23日
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新字の「仐」は、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。旧字の「繖」も、常用漢字でも人名用漢字でもないので、子供の名づけに使えません。こんな妙なことになってしまった原因は、俗字の「傘」が常用漢字になってしまったからなのです。なお、新字の「仐」と俗字の「傘」は、いわゆる象形文字ですが、旧字の「繖」は、サンという音を「散」で表した形声文字だと考えられます。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の人部には「傘」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「仐」が添えられていました。「傘(仐)」となっていたわけです。簡易字体の「仐」は、「傘」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。一方、旧字の「繖」は、標準漢字表のどこにも含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。ところが当用漢字表には、新字の「仐」も、俗字の「傘」も、旧字の「繖」も、収録されていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「仐」も「傘」も「繖」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「仐」も「傘」も「繖」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和56年3月23日、国語審議会が答申した常用漢字表では、俗字の「傘」が収録されました。新字の「仐」も、旧字の「繖」も、カッコ書きにすら入っていませんでした。10月1日に常用漢字表は内閣告示され、俗字の「傘」は常用漢字になりました。この結果、俗字の「傘」が、子供の名づけに使えるようになりました。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、「常用平易」な漢字であればどんな漢字でも人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。旧字の「繖」は、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が3回で、全国50法務局のうち出生届を拒否された管区はありませんでした。新字の「仐」は、JIS第4水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が0回で、出生届を拒否された管区はありませんでした。この結果、旧字の「繖」も、新字の「仐」も、「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、俗字の「傘」に加え、新字の「仐」や旧字の「繖」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、俗字の「傘」はOKですが、新字の「仐」や旧字の「繖」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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