人名用漢字の新字旧字

第70回 「広」と「廣」

筆者:
2010年8月26日

新字の「広」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「廣」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。すなわち、「広」も「廣」も出生届に書いてOK。「鉱」と「鑛」とは違ってますね。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

昭和21年4月27日、国語審議会は、常用漢字表を審議していました。この常用漢字表は、標準漢字表再検討に関する主査委員会が国語審議会に提出したもので、旧字の「廣」を含む1295字を収録していました。この常用漢字表に対し、国語審議会は5月8日の総会で、さらなる検討を要する、と判断しました。それにともない、6月4日、常用漢字に関する主査委員会が発足しました。

常用漢字に関する主査委員会は、昭和21年8月2日の委員会で、常用漢字表の簡易字体について議論しました。文部省教科書局国語課は、この日、「廣」に対する簡易字体として「広」を提案しました。「鑛」に対する簡易字体として「鉱」を提案していたので、それと同じアイデアで「広」と「拡」も提案したのです。ところが8月27日の委員会では、「鉱」や「拡」は認められたものの、「広」は不採用となりました。「広」は「廣」の簡易字体として一般的ではない、と判断されたのです。また、10月1日の委員会では、表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。

昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表は、手書きのガリ版刷りでしたが、旧字の「廣」が収録されていました。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表も、旧字の「廣」でした。昭和23年1月1日の戸籍法改正で、子供の名づけに使える漢字は、この時点の当用漢字表1850字に制限され、旧字の「廣」が子供の名づけに使ってよい漢字になりました。

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当用漢字字体の整理をおこなうべく、文部省教科書局国語課は昭和22年7月15日、活字字体整理に関する協議会を発足させました。活字字体整理に関する協議会は、昭和22年10月10日に活字字体整理案を国語審議会に報告しました。活字字体整理案では、「廣」の中を「」から「黄」に整理することが提案されていました。これに対し国語審議会は、「廣」の中を「黄」にするのではなく、あえて簡易字体の「広」を復活することを決めました。この結果、昭和23年6月1日に答申された当用漢字字体表には、新字の「広」が収録されたのです。

当用漢字字体表の内閣告示(昭和24年4月28日)を受けて、法務府民事局は昭和24年6月29日、当用漢字表に加えて当用漢字字体表も子供の名づけに使ってよい、と回答しました。すなわち、旧字の「廣」も新字の「広」も出生届に書いてOKとなったのです。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「広」は常用漢字になりましたが、一方、旧字の「廣」はそれまで子の名に使えてきた経緯を踏まえて、人名用漢字となりました。この結果、現在に至っても、新字の「広」と旧字の「廣」の両方が、子供の名づけに使えるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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