人名用漢字の新字旧字

第69回 「鉱」と「鑛」

筆者:
2010年8月12日

新字の「鉱」は常用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「鑛」は子供の名づけに使えません。新字の「鉱」は出生届に書いてOKですが、旧字の「鑛」はダメ。でも、新字の「鉱」は、不思議な経緯で決まったものなのです。

漢字制限に関する審議をおこなっていた国語審議会は、昭和17年6月17日、文部大臣に標準漢字表を答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、2528字が収録されており、旧字の「鑛」が含まれていました。標準漢字表は、昭和17年12月4日に文部省から発表されたものの、しかし、一般社会における漢字制限とはならず、あくまで義務教育で習得する漢字の標準という形にしかなりませんでした。

昭和21年4月27日、国語審議会は、 常用漢字表を審議していました。この常用漢字表は、標準漢字表再検討に関する主査委員会が国語審議会に提出したもので、旧字の「鑛」を含む1295字を収録していました。この常用漢字表に対し、国語審議会は5月8日の総会で、さらなる検討を要する、と判断しました。それにともない、昭和21年6月4日、常用漢字に関する主査委員会が発足しました。常用漢字に関する主査委員会は、8月2日の委員会で、常用漢字表の簡易字体について議論しました。文部省教科書局国語課は、この日、「鑛」に対する簡易字体として「鉱」を提案しました。「鑛」に対する当て字として「」が使われていたので、それを微妙に変形して「鉱」という字体を創り出したのです。主査委員会は8月27日の委員会で、「鉱」を「鑛」に対する簡易字体として認めました。また、10月1日の委員会では、表の名称を、常用漢字表から当用漢字表へと変更しました。

昭和21年11月5日、国語審議会は文部大臣に当用漢字表を答申しました。この時点の当用漢字表1850字は、手書きのガリ版刷りでしたが、新字の「鉱」が収録されていて、直後にカッコ書きで「鑛」が添えられていました。つまり「鉱(鑛)」となっていたわけです。翌週11月16日に内閣告示された当用漢字表でも、やはり「鉱(鑛)」となっていました。

昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけに使える漢字が、この時点での当用漢字表1850字に制限されました。当用漢字表には、新字の「鉱」が収録されていましたので、「鉱」は子供の名づけに使ってよい漢字になりました。しかし旧字の「鑛」は、あくまで参考として当用漢字表に添えられたものでしたから、子供の名づけに使ってはいけない、ということになりました。その後、常用漢字表の時代になって、新字の「鉱」は常用漢字になりましたが、旧字の「鑛」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、新字の「鉱」は子供の名づけに使ってOKですが、旧字の「鑛」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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