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Respect(1967, 全米No.1)/アレサ・フランクリン(1942-)

2012年 2月 15日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第19回

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●歌詞はこちら
http://www.lyricsbox.com/aretha-franklin-lyrics-respect-rlt27s3.html

曲のエピソード

もともとはソウル・シンガーの故オーティス・レディング(1941-67)の作/オリジナルで、彼のヴァージョンは1965年にレコーディングされている(全米No.35)。この曲をカヴァーしたいと言ったのはアレサ・フランクリン本人。彼女のヴァージョンを耳にしたオーティスが、余りのソウルフルな歌いっぷりに脱帽した、というエピソードはつとに有名。

アレサにとって初の全米No.1ヒットであり、記念碑的ナンバー(R&Bチャートでは7週間にわたってNo.1)。彼女はこの曲でピアノを弾き、バック・コーラスには妹キャロリン(1988年死去)が参加している。この曲の大ヒットでアレサは一気にスターダムにのし上がり、後に彼女の代名詞ともなる“The Queen of Soul”の座を手中に収めた。

曲の要旨

あたしはあんたの理想の女。あんたが求めてるものを全て持ってるんだもの。あたしが稼いだお金も残らずあんたにあげる。その代わり、あたしがあんたにお願いしたいのは、あたしをちゃんと女として扱って欲しいってこと。外出先や仕事先から戻ったら、あたしが女に生まれた歓びを感じられるような扱い(これすなわち“respect”)をしてちょうだいよ。特にベッドの中では、ね。男なら女に対する「義務」を果たすべきじゃないの? あたしのほてった身体にもっと刺激を与えてちょうだい。それが“respect”ってもんでしょ。

1967年の主な出来事

アメリカ: ヴェトナム戦争でアメリカ軍の爆撃が広範囲に拡大。
アメリカの主要都市でアフリカン・アメリカンによる暴動が頻発。
日本: AMラジオ局ニッポン放送が深夜番組「オールナイトニッポン」の放送を開始。
世界: 地域協力機構の東南アジア諸国連合(ASEAN)が成立。

1967年の主なヒット曲

Ruby Tuesday/ローリング・ストーンズ
Groovin’/ヤング・ラスカルズ
Light My Fire/ドアーズ
All You Need Is Love/ビートルズ
Daydream Believer/モンキーズ

Respectのキーワード&フレーズ

(a) respect
(b) do someone wrong
(c) TCB
(d) sock it to someone

拙著『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)でこの曲をわざわざ取り上げたのは、タイトルにもなっている“respect”の意味が日本では誤解されてるフシがあったことと、その頃、「リスペクト」がカタカナ語として使われ始めるようになっており、それをそのままこの曲に当てはめてしまうと意味が解らなくなってしまう恐れがあったから。「少しでいいから私にリスペクトをちょうだいよ」では、この曲のいわんとしていることが全く伝わらない。かと言って、「少しでいいから私を尊敬してちょうだいよ」も意味的にズレてしまう。

1990年代初頭、アメリカ西海岸で“Respect you!”がアフリカン・アメリカンの若い世代の間で流行したことがある。その時点で「君を尊敬する!」という意味は消え、ある種の挨拶になった。当時、アメリカ西海岸の大学に留学していた友人から聞いた話だから、ごく一部でのみ用いられたスラング的言い回しだと思う。同時期に主にニューヨークのアフリカン・アメリカンの人々の間で大流行していた“Peace!(じゃあな!)”という別れ際の挨拶は、その後、瞬く間に全米に広がり、非アフリカン・アメリカンの若者の間にも広がりをみせる。“Respect you!”は、その“Peace!”と似たような感覚で用いられた。「じゃあな!」、「またな!」ぐらいの意味。但し、“Peace!”ほど持続性はなく、“Respect you!”はそのうち廃れてしまったと記憶している。

近年、(a)は、カタカナの「リスペクト」でも通用するようになった。恐らく、日本人の多くは原意の「尊敬」の意味として用いているのだろうが、この単語には使われようによっては辞書には絶対に載っていない意味合いを含むことがある。

アレサの「Respect」はその代表みたいなもので、彼女が歌う「あたしが望んでいるのは、あんたからほんの少しのリスペクトをもらうことだけ」の“respect”は断じて「尊敬」ではない。だいたい、愛する男性(この場合、「あんたが帰宅したら」というフレーズから、夫もしくは同棲相手とみて間違いない)から尊敬されたい、なんて思う女がいるだろうか? まあ、中にはいるかも知れないが、ここを「尊敬」と解釈してしまうと、曲全体に漂う、主人公の女性のジタバタ感(苦笑)と噛み合わなくなってしまう。

では、彼女は何に対してジタバタしているのか? ハッキリ言えば、「相手の男がベッドの中での行為をテキトーに済ませている」ことに対してだ。“respect”(名詞)を用いたイディオムには、次のようなものがある。

respect of persons(特別待遇、優遇、えこひいき)

この曲で歌われている“respect”には、その「特別待遇」に近い意味合いが込められている。「せめてベッドの中ではあたしを特別待遇してよ(=あたしをうんと悦ばせてよ)」と言ってるわけだ。カタカナ語の「リスペクト」とは意味が全く違うし、ましてや英和辞典には“respect=異性との性交時に真剣に取り組むこと”なんていう意味は載っていない。だからと言って、他の洋楽ナンバーで“respect”が歌詞に登場したからといって、必ずしもそれと同じ意味になるとは限らない。単語が比喩的に用いられている場合は、曲全体のテーマと前後のフレーズから、それが何を指しているのかを想像する必要がある。ワケが判らないからといって、安易にカタカナの「リスペクト」にするのは如何なものかと。

ジャンルを問わず、洋楽ナンバーの歌詞に頻出する(b)は「~にひどいことをする」という意味の決まり文句的言い回し。次のように使う。

I’m not gonna do you wrong.(君をひどい目に遭わせる気はない)

I did you wrong.(あなたに悪いことをしてしまった)

Don’t do me wrong.(僕に辛くあたらないでくれ)

「Respect」の中にこの言い回しが登場するフレーズを直訳すると、「あなたが留守の間に私はあなたにひどいことをするつもりはない」となる。が、これでは意味不明。ここのフレーズがいわんとしているのは、「あなたが留守の間、鬼の目を盗むようにして浮気しようなんて、私はこれっぽっちも思わない」ということ。(b)の「~にひどいことをする」という意味には裏切りも含まれるため、ここはイコール浮気、と考えるのが妥当。また、洋楽ナンバーの歌詞に「浮気する」の意味として最も多く用いられているイディオムは“cheat on somebody”である(辞書の“cheat”の項目に載ってます)。

(c)は、大抵の辞書に載っている。

(俗語扱いで)take [taking] care of business やるべきことをちゃんとやって

では、アレサが相手の男性に求める“TCB”とは何か? ヒントになるのは、その3文字のうちの“B”。つまり“bisuness”であり、言い換えるなら“job”。アフリカン・アメリカンの人々が用いるスラングに、次のようなものがある。

get the job done(仕事をソツなくこなす、異性を悦ばせるようなセックスをする)

もうお判りでしょう。アレサが「TCBをちゃんと take care してよ!」と歌ってるフレーズは、「ベッドの中ではやることをちゃんとやってよ!」と言ってるのである。ここを「仕事をちゃんとやって稼いでおいでよ!」と誤解する向きもあるが、それは間違い。また日本盤CDの対訳の話になるが、確かここは「TCBをやってよ」みたいなトンデモ訳詞になっていた。“TCB”ぐらい辞書で調べてから訳してよ、と言いたい。それこそ「TCBをきちんとやって訳せ!」だ。

往年のR&B/ソウル・ミュージック愛好家の間で、この曲の最大の聴きどころとされてきたのが、曲の後半でくり返し歌われる(d)の部分。彼らの間では、その発音から俗に「サキトゥミ・フレーズ」と呼ばれる。実はこの言い回しはちゃんと辞書に載っていて、次のような説明が――。

sock it to…(…をぶん殴る、やっつける)

Sock it to me!(さあ、どこからでもかかってこい!)※決まり文句

英語では、「殴る、ひっぱたく」に匹敵する動詞が性的表現に用いられることがしばしばあり、例えば“whip(鞭で打つ、折檻する)”が語源となった“whip appeal(セックス・アピール)”というスラングまで存在する。(d)の“sock”もそれと似たような発想のもとに用いられたと考えられ、「~をぶん殴る、やっつける」或いは「こてんぱんに痛めつける」は、転じて「~に強烈な刺激を与える」という意味になった。では、性交時の強烈な刺激とは……? これはもう、絶頂に達する瞬間、即ち“ecstasy”以外には考えられない。(d)のフレーズはアレサ本人による発想による追加部分で、もしかしたら彼女は、当時、結婚していた二度目の夫(一児をもうけ、1969年に離婚)に対して人知れぬ不満を抱いていたのかも知れない。

余談だが、筆者とは旧知の仲のアレサの大ファンの男友だちは、(d)を聴くと酒が呑みたくなるそうである。英語圏の人々は「酒」を[sɑ́ːki]と発音するから、件の「サキトゥミ・フレーズ」が「酒をくれ」と聞こえるらしい。お後がよろしいようで……。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 2月 15日