歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第39回 We’re All Alone(非シングル・カット曲)/ ボス・スキャッグス(1944-)

2012年7月4日
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●歌詞はこちら
https://www.google.com/search?&q=We’re+All+Alone+lyrics

曲のエピソード

ボズ・スキャッグスは、音楽の一ジャンルであるAOR=Adult Oriented Rock(ただしこれはもともと日本独自の解釈で、当初、英語圏では“Album-Oriented Radio=シングル曲以外のアルバム収録曲を流すことに重点を置いたラジオ局”の略称だった)を代表するアーティストのひとり。とりわけ、未だにAORの人気が衰えていないここ日本では、彼の信奉者が大勢おり、その証拠に、本国アメリカでの人気が衰えてからも、頻繁に来日してライヴを行い、往年のファンを喜ばせている。なお、ボズを始めとするAOR系のアーティスト――例えば、ボビー・コールドウェル(Bobby Caldwell, 1951-)やマイケル・フランクス(Michael Franks, 1944-)など――が生み出す音楽は、アメリカでは“Adult Contemporary”と呼ばれるのが一般的で、『ビルボード誌』にも同名のチャートが設けられている。

女性ポップ・シンガーのリタ・クーリッジ(Rita Coolidge, 1944-)のカヴァー・ヴァージョン(1977年に全米チャートNo.7、アダルト・コンテンポラリー・チャートNo.1を記録/ゴールド・ディスク認定)が有名だが、自作自演によるボズのオリジナル・ヴァージョンは、彼のシングル曲「Lido Shuffle」(1977年に全米No.11を記録)のB面に収録されており、A面扱いではなかった。よって、リタのヴァージョンをオリジナルだと思い込んでいる人も少なくない。ちなみに、リタがこの曲をカヴァーするに至った経緯は、当時、所属していたレーベル側が、「ボズはこの曲をシングルのA面としてリリースするつもりはないから、代わりに君がカヴァーしてA面曲としてリリースしてみたらどうか」と打診されたことだという。しかしながら、個人的には、この曲は女性が歌うとかなり淫靡になってしまう内容だと思う。ボズによるオリジナル・ヴァージョンは、彼の代表作である『SILK DEGREES』(1976)に収録されている。なお、現在はカタカナ起こしになっているこの曲の邦題だが、1976年の発売当時は「二人きり」だった。

曲の要旨

目を閉じれば、長い間、置き去りにされていた君と僕が惹かれ合っていた頃の熱い思いが蘇って、夢の中でまた一緒にいられるよ。夢の中では、君と僕はふたりきりさ。再会した今、窓を閉めて明かりを落とせば、ふたりだけで過ごす空間のムードは満点。自分の気持ちに素直になって、かつてのように愛し合っていた頃のふたりの気持ちを取り戻そう。そして、改めてここからふたりの恋愛物語の新しいページを開くんだ。過去のことは水に流して…。今、この場所では、誰にも邪魔されず、君と僕のふたりきりさ……。

1976年の主な出来事

アメリカ: 独立宣言から200周年を迎える。
日本: ロッキード事件で田中前首相が逮捕され、世間に衝撃を与える。
世界: 南北のベトナムが統一し、ヴェトナム社会主義国共和国が誕生。

1976年の主なヒット曲

Saturday Night/ベイ・シティ・ローラーズ
50 Ways To Leave Your Lover/ポール・サイモン
Disco Lady/ジョニー・テイラー
Silly Love Songs/ウィングス
(Shake, Shake, Shake) Shake Your Booty/KC&ザ・サンシャイン・バンド

We’re All Aloneのキーワード&フレーズ

(a) take someone out to sea
(b) We’re all alone
(c) cast one’s seasons to the wind

ご存じの方もいると思うが、リタ・クーリッジによるこの曲のカヴァー・ヴァージョンの邦題は、究極の誤訳と言っても差し支えないもので、「みんな一人ぼっち」というトンデモナイものだった。このことは、現新党日本代表の田中康夫氏の小説『なんとなく、クリスタル』(1980/翌年に芥川賞の候補にもなった)でも指摘されており、同書の中で以下のように一刀両断されている(一部抜粋)。

「ウイ・アー・オール・アローン」:スタンダード・ナンバーになりつつあります。邦題は「二人だけ」。「みんな一人ぼっち」という邦題でカバー・バージョンをリタ・クーリッジが出しましたが、これは歌詞の内容からいって誤訳。

筆者も、リタによるカヴァー・ヴァージョンの邦題を知った当時、「これは明らかな誤訳だ!」と独りで憤慨したのだが(苦笑)、これは、辞書を引けば本当の意味が解ることで、恐らく当時のレコード会社の担当ディレクター氏は、タイトルの字面だけを見て安易に邦題を付けてしまったのだろう。こうした誤解、或いは辞書を引かずに勝手に誤訳してしまった邦題は、過去に数え切れないほどあった。田中氏の辛辣な指摘がリタの担当者を刺激したのか(?)、現在は彼女のカヴァー・ヴァージョンの邦題はカタカナ起こしの「ウィアー・オール・アローン」に変更されている。

筆者は、教えている翻訳学校で“冠詞・定冠詞”をテーマとして採り上げた講座で、“go to the sea”と定冠詞なしの“go to sea”の意味の違いを必ず生徒さんたちに教えることにしている。前者は“海に出掛ける(泳ぎに行く、水遊びに行く)”という意味であるのに対し、定冠詞のない後者は、“水夫になる”という、全く異なった意味になるからだ。意外にも、このことを知っている生徒さんは少なく、「このように、定冠詞のあるなしでは、意味が大幅に変わってしまうのです」と説明すると、定冠詞の何たるかを少しは理解してもらえる。

では、(a)のフレーズの“sea”には、何故に定冠詞が付いてないのだろうか? (a)のフレーズが登場するセンテンスを“水夫になる”に倣って訳すと、「夢が僕と君を水夫にしてくれるだろう」という、意味不明な内容になってしまう。実は(a)のフレーズは、あるイディオムの言い換えで、以下、その説明をしてみる。

put (out or off) to sea 出帆する、出航する、陸地を離れる

着目すべきは、このイディオムの“sea”に定冠詞の“the”が付いていないという点で、オリジナルの歌詞にある他動詞の“take”を“put”に置き換えてみると、摩訶不思議な(a)のフレーズがすんなり理解できる。つまり、「夢が僕たちを陸地から飛び立たせてくれる=夢が僕たちふたりを現実から遠くへと連れて行ってくれる=現実逃避をさせてくれる」、という意訳が成り立つというわけ。これで、(a)の“sea”に定冠詞が付いていない理由がお解り頂けただろうか?

タイトルでもある(b)は、一見して誤訳による邦題の「みんなひとりぼっち」かと思い込んでしまいがちだが、そうは問屋が卸さない。ここは、ぜひとも今一度、辞書で“alone”を調べて欲しいところ。端的に言えば、“I’m all alone.(僕/私は独りぼっちだ)”の主語が“We”に変わっただけの話で、正しくは「ふたりきり」である。筆者自身が勝手にこの曲に邦題を付けるとしたら、「二人静(ふたりしずか)」としたいところだが、それだと何となく演歌っぽくなってしまうような気がしないでもない(笑)。

ただでさえ抽象的で難解なこの曲の歌詞の中で、最も理解に苦しむフレーズのひとつが(c)。“cast to ~”ではなく“cast into ~”というイディオムがあり、「溶かした金属を鋳造する、型にとる」といった意味だが、筆者は(c)が含まれるフレーズを、前後のフレーズと関連付けて、「これからは、あれこれと悩まずに、ふたりの関係を移ろう季節に自然体で委ねればいい」と解釈してみた。それにしても、回りくどい言い回しの多い歌詞である。

曲のエピソードで、この曲を女性が歌うとかなり淫靡になってしまう、と述べた根拠は、コーラス部分の「窓を閉めて、明かりを落とせば、もう何も心配することはない。誰もふたりの邪魔をしないから……」という部分にある。察するに、この男女はこれから再び肉体関係を持とうとしているようだ。その推測が当たっているのなら、女性が自ら窓を閉めたり部屋の明かりを暗くしたりして、“同衾前の下準備”をするだろうか……? リタには申し訳ないが、彼女のカヴァー・ヴァージョンは、どうしても好色な女性の歌に聞こえてしまう。みなさんはどう思われるだろうか?

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。