地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第78回 日高貢一郎さん:宮崎県警の「てげてげ運転」追放運動

2009年12月12日

宮崎県の道路を、夜、車で走っていたら、道路の上に「交通安全」を呼びかけるメッセージが電光掲示板に表示され、目に飛び込んできました。

そのひとつ、県北・日向市の国道10号線で見かけたものが、【写真1】です。

【「てげてげ運転」追放を呼びかける電光掲示】
【写真1 「てげてげ運転」追放を
呼びかける電光掲示】

「てげてげ運転 追放運動 実施中」とありますが、「てげてげ」は宮崎県の方言です。共通語に訳すなら、〔いいかげん、適当、ほどほど、まあまあ、そこそこ、…〕といった意味あいのことばです。
 ですから、「てげてげ運転」とは、言うならば、「慎重運転」「きびきび運転」の反対語に当たります。

同じ掲示板には、その他に「みんなで なくそう 交通事故」「ストップ! 脇見 ぼんやり運転」という警告もあり、これらが一定の時間ごとに次々に点灯してメッセージを送り、運転者に注意を呼びかける仕組みになっています。

「てげ」は「大概」の変化したもので、宮崎の方言では「てげ ぬきー」〔非常に暑い〕、「てげ しんきなー」〔非常にイライラする(じれったい、くやしい)〕といったように、〔非常に〕という強調の意味で使われる代表的なことばです。(同様な語として「大概には」の転じた「てげにゃ」「てげな」もありますが、同じ意味です)

ところが、それが2回繰り返されて「てげてげ」となると意味が変わり、先のような意味あいに転じます。

この「てげてげ」は、宮崎県人の県民性を表現するときにもしばしば引き合いに出されます。宮崎県は、夏、毎年のように台風に襲われることを除けば、気候も温暖で、農産物や水産物も多く、暮らしやすい土地柄だけに、あくせく汲汲とすることなく、のんびりほどほどに暮らせばいいではないか、という気風が強いと言われます。その気分にぴったりなのが、この「てげてげ」だというわけです。

「だろう運転」ということばがあります。「このまま進んでも大丈夫だろう」「たぶん相手のほうが避けてくれるだろう」「黄色信号でも何とか通過できるだろう」といったように、自分に都合のいいように考え、楽観的に行動してしまう、そういう運転態度のことですが、宮崎県の「てげてげ運転」はまさにそれと軌を一にします。

が、それでは交通違反や交通事故はなくならない! そう考えた宮崎県警察本部が、てげ頑張って呼びかけているのが、「てげてげ運転 追放!」というわけです。

《参考》Wikipedia「だろう運転」=自動車の運転において、事故に繋がるような楽観的予測に基づいた運転を戒める日本語の慣用句。(中略)日本の自動車教習所や警察などでは「だろう運転」という言葉で総称し、運転者に対してより注意深く予測や行動を行うことを啓蒙している。
(引用:2009.12.7 //ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%E9%81%8B%E8%BB%A2

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。