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My Guy(1964/全米No.1,全英No.5)/メアリー・ウェルズ(1943-1992)

2014年 5月 14日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第125回

Mary Wells『MY GUY』LP

●歌詞はこちら
http://www.oldielyrics.com/lyrics/mary_wells/my_guy.html

曲のエピソード

毎年、5月になると条件反射のように思い出す曲がある。本連載第66回で採り上げたテンプテーションズ(以下テンプス)の「My Girl」だ。同曲では、愛する彼女のことを“the sunshine of May(5月の陽光)”にたとえているため、梅雨前のカラッとした晴れの日が多い5月の光を浴びる度に、どうしてもそこのフレーズが頭の中に浮かんでしまう。

今では多くの知るところだろうが、筆者が子供の頃は、よもや「My Girl」がメアリー・ウェルズがモータウンに残した最後の大ヒット曲「My Guy」へのアンサー・ソングだとは夢にも思わなかった。考えていれば、タイトルの“Girl”と“Guy”が異なるだけなのだが、それぞれ異なる曲であるし、メアリーのそれはれっきとしたオリジナル・ソングでカヴァーでもないので、単にソングライターが同一人物(モータウンの副社長兼所属アーティストでもあったスモーキー・ロビンソン)、という認識に留まっていたのだった。初めてそのことを知った時、改めて双方の曲を聴き較べてみたものである。

メアリーはモータウン創設後、初めて絶大な人気を博したシンガーだった。デビュー直後からスターの階段を駆け上り、「The One Who Really Loves You」(1962/R&BチャートNo.2,全米No.8),「You Beat Me The Punch(邦題:恋のパンチ)」(1962/R&BチャートNo.1,全米No.9),「Two Lovers」(1962/R&BチャートNo.1,全米No.7)など、ヒット曲を連発。しかしながら、人気の絶頂の最中にモータウンと金銭面で揉め、他のレーベルに半ば強引に移籍してしまう。移籍先でもそこそこのヒット曲を放ったのだが、モータウン時代の栄光は残念ながら取り戻すことは叶わなかった。なお、「My Guy」がリリースされた当時、『ビルボード』からはR&Bチャートが消えていた時期なのだが、それでも堂々の全米No.1を獲得したことは、メアリーの人気がいかに凄まじかったかを物語っている。また、1963年頃にニューヨークはハーレムにあるブラック・ミュージックの殿堂アポロ劇場でモータウン・レヴューが行われた際、彼女のバックグラウンド・ヴォーカルを務めていたのは何とテンプス(!)。そして客席から男性がステージに飛び乗ってメアリーに抱きつかんとしているところを警備員に引き離されているシーンを遥か昔に友人の秘蔵映像で観せてもらったことがある。メアリーは紛うかたなきアイドル・シンガーだったのだ。

曲の要旨

誰に何と言われようと私は彼にぴったりくっついて離れないわ。最初からそう言ってるじゃないの。誰に何をされても彼への私の誠実な気持ちは変わらないの。どんなプレゼントを贈られても、私は彼に嘘をつくことなんてできないのよ。私は決して彼を裏切らない、そのことは信じてちょうだい。私にとって彼は最高の男性、理想の男性そのものなの。筋骨隆々の男性じゃなくても、映画スターじゃなくても、私にとっては彼が一番。他の男性じゃダメなのよ。誰も私を彼から引き離すことはできないわ。

1964年の主な出来事

アメリカ: 雇用上の人種差別などを撤廃する公民権法(Civil Rights Act)が成立。
公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング Jr. 牧師がノーベル平和賞を受賞。
日本: 東京オリンピックが開催される。
世界: ソヴィエト連邦でブレジネフが共産党第一書記に就任。

1964年の主なヒット曲

Can’t Buy Me Love/ビートルズ
Chapel of Love/ディキシー・カップス
Baby Love/シュープリームス
Leader of The Pack/シャングリラス
Mr. Lonely/ボビー・ヴィントン

My Guyのキーワード&フレーズ

(a) best be believing ~
(b) the cream of crop ~
(c) take the place of ~

10代の頃、モータウンのレコードをせっせと集めていた頃、この曲がタイトルになっているLP(残念ながら再発盤だったが…)は、比較的、早い時期に買った。その後、旧譜を遡って買った記憶がある。それ以前からメアリー・ウェルズの顔は知っていたが、そのイメージから、筆者は勝手に“ソウルフルに歌い上げるタイプのシンガー”を想像していた。ところが、いざ聴いてみると、そのふんわりと包み込むようなハスキー・ヴォイスにいっぺんに惚れ込んでしまった。とりわけ、初めて買ったメアリーのアルバム『MY GUY』には思い入れが強い。R&Bアルバム・チャートが『ビルボード』誌で設けられたのは1965年のことだから、もしもあと1年早く同チャートが誌面を飾っていたなら、間違いなくR&Bアルバム・チャートで上位に食い込んでいただろう。惜しい。

ひと言で言えば他愛のないラヴ・ソングに聞こえるが、そこはやはり“アメリカが生んだ最高の詩人”(©ボブ・ディラン)だけあって、細かな描写が面白い。例えば、1stヴァースの冒頭にある「私は彼に糊みたいにベッタリくっついているの」とか、「手紙に貼った切手みたいに彼から離れない」とか、およそ凡人には思いつかないような洒落の効いたフレーズである。筆者は子供の頃、この曲で初めて“glue”という英単語を知った。

察するに、この曲の主人公はボーイフレンドがいながらにして、大勢の男性から言い寄られているのだろう。かれらを「袖にする」(☜死語?)ためなのか、それとも自分のボーイフレンドが如何に素敵なのかを自慢するためなのか、とにかく最初から最後まで「私の彼ってこんなに素敵なのよ!」と歌っているわけである。なのに聴いていてちっとも鼻に付かないのは、メアリーのハスキーで(セクシー、と形容する彼女のファンも多し)ふわりふわりとしたどこか浮遊感が漂う歌声で気負わずに歌われているからだろう。特に後半に溜め息交じりのヴォーカルと共にフェイド・アウトしていく箇所が何とも言えない。

「~した方がいい」という言い回しを学校では“You had (or You’d) better ~”と習うが、(a)では次のようになっている。しかも進行形。

♪You best be believing ~

これは、以下のセンテンスの口語的なもの。

♪You had best believe ~

意味はもちろん「?した方がいい」だが、“You had better ?”よりも意味合いが強い。

(b)の“crop”には「農作物、米や果物の収穫物」という意味があるが、(b)はイディオムで、「最高のもの」と言う意味。大抵の場合、辞書の“cream”の項目に載っている。“cream”には「話の聴きどころ、最上級のもの」という意味もあり、それらを踏まえて(b)を意訳するなら、「これ以上ないほどに理想通りの男性」ということになるだろうか。(b)はごくたまに洋楽ナンバーで見聞きするのだが、確かメアリーとレーベルメイトのシュープリームスの曲にも登場していたような気がする。もちろん、“crop”の意味もこの曲で知った。

これまた洋楽ナンバーに頻出するイディオムの(c)。意味は「~の代わりになる」。ラヴ・ソングの多くでは、「誰も君の(あなたの)代わりになれない」というフレーズで多用される。この主人公の女性がぞっこんなのは、「筋骨隆々」でもなければ「飛び切りのハンサム」でもない男性。

それでも一緒にいるだけで幸せ、とメアリーは歌う。そうした歌詞が、一般の女性、そして男性にも幅広く受け入れらたのだろう。何十年も聴き続けているのに、今、初めて気付いたこと。この曲には“love”も“need”も一度も出てこない! なのに優れたラヴ・ソングに仕上がっている。改めてスモーキーに感謝。そして、ミュージック・シーンに復活することを切望しつつ、1992年に病に倒れて失意のうちに48歳でこの世を去ったメアリーに、この場で哀悼の念を捧げたい。R.I.P.――You’ll be missed.

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2014年 5月 14日