歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第42回 What A Fool Believes(1979/全米No.1,全英No.31)/ ザ・ドゥービー・ブラザーズ(1970-1982,1987-)

2012年7月25日
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●歌詞はこちら
//www.songlyrics.com/doobie-brothers/what-a-fool-believes-lyrics/

曲のエピソード

ドゥービー・ブラザーズのファンは、恐らく次の二種類に大別されるだろう。オリジナル・メンバーのひとりで、病気のために一時的に休養せざるを得なかったトム・ジョンストン(Tom Johnston/ヴォーカルとギターを担当/1948-)が在籍していた初期の彼らのファン(ジョンストンがリード・ヴォーカルを歌った全米No.8の「Long Train Runnin’」は特に印象深い)、そして、1975年から1981年までグループに在籍し、その後、ソロ・シンガーに転向したマイケル・マクドナルド(Michael McDonald/ヴォーカルとキーボードを担当/1952-)加入後のファンである。この曲は、彼らにとって初の全米No.1ヒットとなった「Black Water」――オリジナル・メンバーのひとりで、ギター、バンジョー、フルートなど複数の楽器を担当し、また、リード・ヴォーカルのひとりでもあるパトリック・シモンズ(Patrick Simmons/1948-)の自作自演による曲――以来の全米No.1ヒットを彼らにもたらした。ただし、リード・ヴォーカルは、新加入のマクドナルドである。彼が加入してから、ドゥービーのサウンドはロックのそれからAOR化したと言われることが多いが、そのため、離れていった昔のファンもいる一方で、新たなファン層を得たのだった。

実はこの曲は、彼らのオリジナル・ナンバーではない。マクドナルドと共にこの曲を作ったケニー・ロギンス(Kenny Loggins/1948-)が、彼らよりも先にこの曲をレコーディングしたのだ(1978年リリースのアルバム『NIGHTWATCH』に収録)。が、ロギンスのヴァージョンがシングル・カットされなかったためか、ドゥービーのヴァージョンが大ヒットして余りに有名になったためか、ドゥービー・ブラザーズ=「What A Fool Believes」のイメージを持つ人も少なくない。また、ここ日本では、イギリスのポップ・デュオ、マット・ビアンコのカヴァー・ヴァージョン(1982年)が某車メイカーのCMソングに起用され、初めてこの曲を知った、という若い世代も多いことだろう。尚、ドゥービーのヴァージョンは、グラミー賞で2部門(最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞)を獲得している。

なお、昔の邦題「ある愚か者の場合」は、現在、カタカナ起こしに変わっている。

曲の要旨

以前、付き合っていた恋人のことを忘れられず、未練タラタラの男。彼女の気持ちはすっかり彼から離れてしまっているのに、彼は今でも彼女が自分のもとへ戻ってきてくれていると信じている。センチメンタルになりがちな男は、現実を直視できないものだ。彼女は、彼と付き合ってる時でさえ、ほんの火遊び気分だったというのに。それなのに、彼女から別れを切り出された時、「どうか僕を捨てないでくれ」っていう勇気さえなかったんだな。傍目から見れば、あいつは a fool(=愚か者)だから、恋愛の達人でさえ、失恋の痛手を乗り越えられないと、そう思ってる。そんなあいつは今でも彼女を諦められずにいるよ。

1979年の主な出来事

アメリカ: スリーマイル島の原子力発電所で大量の放射能漏れ事故が発生。
日本: 携帯用小型カセットテープ・プレイヤーのWALKMANをソニーが発売。
世界: ソヴィエト軍がアフガニスタンに侵攻。

1979年の主なヒット曲

Do Ya Think I’m Sexy?/ロッド・スチュアート
I Will Survive/グロリア・ゲイナー
Heart Of Glass/ブロンディ
Good Times/シック
Babe/スティクス

What A Fool Believes のキーワード&フレーズ

(a) think twice
(b) what a fool believes
(c) a place in one’s life

ひどく難解な歌詞である。英語圏の人々ですら、一聴しただけではその意味全体を汲み取れないと言われてきた。その理由は複数あるが、筆者が最も「ワケが解らない!」と思った理由は、歌詞全体に時制の不一致が多くみられる点である。過去形、現在形、過去完了形、そして未来形。それらが歌詞の中にバラバラに散りばめられており、これでは英語圏の人々でも容易に歌詞を理解できないことにもうなずける。

では、何故にそんなことになってしまったのか? 端的に言えば、主人公の“a fool(歌詞の中では he という三人称に置き換えられているフレーズもある)”の頭の中では、去っていってしまった彼女との恋愛が現在進行形であり、あまつさえ、この先も彼女が自分のもとに戻ってきてくれる、と信じていること(だから「愚か者」なのだが……)。そして、彼のもとを去っていった彼女にとっては、彼との火遊び的恋愛ゲームはとっくに過去の出来事であるにも拘らず、“a fool”は、彼女の行動を現在形や未来形で語ってしまうのだ。そうしたこともあって、この曲では時制の不一致が甚だしい。“a fool”の頭の中と現在の心境、そして彼を捨てた“she”の現在の気持ちが、余りにも乖離しているからだ。

(a)は、主人公の男性が彼女に別れを切り出された際に、彼女に言えなかった言葉。直訳すれば「二度考える」だが、これはれっきとしたイディオムで、「よく考える、熟考する、熟慮する」といった意味。つまり彼は、自分と別れたがってる彼女に対して「もう一度、(僕とやり直すために)別れることを考え直してくれないか」と言いたい気持ちを伝えられなかった、というわけだ。よっぽど内気な男なのか、それとも不甲斐ない男なのか。いずれにしても、聴く度にイライラしてしまうフレーズである(苦笑)。

タイトルの(b)は、ある一定の年齢以上の人々なら、学校の英文法で関係代名詞を習った際に、教師に「この一文を訳しなさい」と言われたら、恐らく次のように訳しただろう。

♪ある愚かな人間が信じるところのもの

筆者は、直訳を強要するリーダーの授業が大嫌いだったが、今でもお付き合いのあるグラマーを教えて下さった英語教師の恩師(「どうせ君は数学をやったってダメなんだから、数学の公式を1個覚える暇があったら英語の単語を5つ覚えろ!」、「君には英語しかない!」と叱咤激励され、そして本当にそれを実践した。現在の筆者があるのは、その恩師のお蔭である)から文法を教わった際、関係代名詞の“what”を「~のところのもの」と習った。その頃からかなり違和感を覚えていたのだが、筆者が教えている翻訳学校の生徒さんに訊いてみると、現在の英語教育の現場では、そういう訳し方を教えていないらしい。言葉の響きとして、日本語らしくないからだろう。だから(b)は、「愚かな奴が信じてるのは……」と訳した方が、ずっと解りやすいし、日本語として通りがいい。

(c)は、直訳するなら「~の人生における場所」だが、この場合、“place”は土地や建物を指す「場所」ではなく、「人生における心の拠り所」といった比喩的表現。そしてこの曲では、主人公の男性が、彼女に人生に、「まだ自分を心の拠り所として受け入れてくれる余地があるはずだ」と信じて疑わないのである。そしてそこが歌われているフレーズこそが、“What a fool believes”なのだと、筆者は解釈した。

哲学的かつ概念的な、素晴らしい邦題「ある愚か者の場合」は、いつしかカタカナ起こしの「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」に変わってしまっていた。そのことが残念でならない。筆者が教えている翻訳学校の生徒さんのお父様が、この曲が大好きで、“「ある愚か者の場合」は、日本の洋楽界における邦題の金字塔だ!”と、日頃から絶賛しているという。筆者も同感である。今からでも遅くはない、何とか昔の邦題を蘇らせて欲しいものだ。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。