タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(28):Royal Futura 800

筆者:
2018年3月15日
『Life』1958年10月号

『Life』1958年10月号

「Royal Futura 800」は、ロイヤル・タイプライター社が1958年に発売したタイプライターです。「Futura」という名称は、ドイツのレンナー(Paul Friedrich August Renner)が1927年に発表した活字書体「Futura」にちなんでいて、「フトゥーラ」と発音するようです。ただし、「Royal Futura 800」に搭載されている活字は「Futura」ではなく、「Royal Typewriter Elite」とよばれる等幅(1インチあたり12字)活字です。

「Royal Futura 800」の印字機構は、フロントストライク式と呼ばれるものです。プラテンの手前に44本の活字棒(type arm)が配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。複数のキーを同時に押すと、複数の活字棒が印字点で衝突して引っかかってしまい、そのまま動かなくなるという欠点はあったものの、印字の強さ(すなわちキーの重さ)を各個人に合わせて設定できる点など、機械式のタイプライターとして十分な利点があったようです。

「Royal Futura 800」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列です。各キーにはそれぞれ2種類の文字が対応しており、キーボード最下段両端のシフトキーで、大文字小文字を打ち分けます。活字棒の先には、それぞれ2種類の活字が埋め込まれており、シフトキーを押すと、活字棒全体が下に沈んで、大文字が印字されるようになります。シフトキーを離すと、活字棒全体が上に戻って、小文字が印字されるようになります。これにより、44キーで88種類の文字が印字できるのです。なお、キーボード最上段の小文字側は1234567890-=と並んでおり、数字を他の文字で代用する必要はありません。

「Royal Futura 800」の最大の売りは、必要な数だけ設定できるタビュレーション機構にあります。フロントパネル右端の「TAB SET」ボタンを押すだけで、現在位置にタブ・カラムを設定できるのです。設定したタブ・カラムへの移動は、キーボード上段右端の「TAB」キーでおこないます。打っている最中に新たなタブ・カラムを追加設定することもできますし、逆に設定したタブ・カラムを解除するのは、フロントパネル左端の「TAB CLEAR」ボタンでおこなえます。端的には「TAB SET」と「TAB CLEAR」で、複数のタブ・カラムをその場その場で、自由に追加・解除できるのです。ちなみに、全てのタブ・カラムを解除するには、「TAB CLEAR」を押しっぱなしにしながら、「TAB」キーを解除すべき回数だけ押す、という操作で可能となっています。

これに加え、プラテン奥の両側(上の広告の❻)の赤い「Magic Margin」ボタンが、「Royal Futura 800」の特徴です。タブ・カラムと同様、現在位置にマージン・ストップ(印字位置の端)を設定できるのが、この「Margic Margin」ボタンです。すなわち、印字位置の左端は左側の「Magic Margin」ボタンで、右端は右側の「Magic Margin」ボタンで、それぞれ設定するのです。設定したマージン・ストップを、一瞬だけ超えなければならない場合は、キーボード中段右端の「MAR REL」(マージン・リリース)を押すことになります。

これだけ複雑な機構を、「Royal Futura 800」は全て機械仕掛けで実現していました。電気がなくても印字可能なポータブル・タイプライターという点で、「Royal Futura 800」は時代の最先端を行く機械だったのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

//srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。