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モノが語る明治教育維新 第24回―双六から見えてくる東京小学校事情 (2)

2018年 5月 8日 火曜日 筆者: 唐澤 るり子

第24回―双六から見えてくる東京小学校事情 (2)

 錦絵には、とかく作者の想像力の産物が含まれることがあります。第3回でご紹介した「訓童小学校教導之図」にも、当時の日本には存在しなかったシャンデリアが教室の天井を豪華に飾っているさまが描かれています。絵師が西洋画などをヒントに描き加えたことは、想像に難くないのです。

 では、「小学校教授双六」に描かれた事物には、果たしてどれ程の信ぴょう性があるのでしょうか。その目安として、「久松学校」と「有馬学校」を例に、錦絵に描かれた校舎と各学校の沿革史に掲載されている当時の写真とを比較することにより、検証してみましょう。

 まず、久松町(現・中央区日本橋久松町)にあった「久松学校」。越前勝山藩の第8代藩主であった小笠原長守の邸宅跡に、明治6年「第一大学区第一中学区第二番小学 久松学校」として開校しました。明治7年には、地元(第一大区十三小区)の有力者が寄付を集め、校舎を増築しました。図版の校舎は、増築後のものです。開校当初は生徒が70余名だったとあります。

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左:沿革史に掲載された久松学校
右:双六に描かれた久松学校

 校舎を囲む塀が、異人館(日本に来た西洋人が住んだ西洋風の家や商館)に見られるような石組みの上に木製とみられる柵を巡らせたものであるところ、平屋建ての校舎の造り、釣り鐘型の窓の形など、外観の特徴がよくとらえられています。校門左手に立つ樹木も描かれています。ただ、写真では校門右手にある国旗や標旗を掲げる白い柱が、校門左手に移動していますね。絵師の広重は、このポールを学校のシンボルとして絵図中に描き加えたかったのでしょう。また、路上にたたずむ男は巡査ですが、手には当時の警棒である三尺棒を持ち、制帽や制服には階級を表す帯(袖章)といった細かな点まで描き込んでいることが分かります。

 次に明治7年に開校した「有馬学校」は、筑後久留米藩の第11代藩主だった有馬頼咸(よりしげ) から、資金2000円、毎月60円の寄付を受けたことにより「第一大学区第一中学区第六番小学 有馬学校」と個人名が冠された校名となりました。その後、生徒増加のため明治9年に蛎殻町(現・中央区日本橋蛎殻町)に建築費6500円を投じ、建坪130坪の新校舎を建設したのですが、坪単価50円とは、巡査の初任給が4円だったことからみてもかなり立派な建物と推察されます。3階に物見のある洋風建築はかなり人目を惹いたようで、明治9年5月6日の読売新聞は、

「蛎殻町三丁目の有馬学校は何から何まで大そう立派に出来上り、三階の眺望は別段な事で多分今月九日が開校になり、定めし権知事さんもお出になりましやう」

と伝えています。ちなみに権知事とは知事に次ぐ地位で、今の副知事にあたります。

(写真はクリックで拡大)

  

左:沿革史に掲載された有馬学校
右:双六に描かれた有馬学校

 沿革史に掲載された写真も全景を描いた写生画なので実際がどうであったかの判別はつきませんが、中央に膨らみを持たせたバルコニーの形、釣り鐘型の開口部の左右四つは窓で中央の一つがバルコニーへの出入り口とみられるところ、頂上の塔屋が八角形である点などが、よく似ています。塔屋の屋根が、沿革史の絵では富士形であるのに対し、錦絵ではドーム形である点が違いますが、これは他に高い建物がない時代、屋根の形を確認する術がなかったのでしょう。

 三代歌川広重、通称安藤徳兵衛はこの頃、弓町十八番地、今の銀座2丁目あたりに住んでいました。久松学校や有馬学校があった日本橋は、目と鼻の先。実際にこれらの学校まで出かけ、絵師ならではの細やかな観察眼をいかし、実像に近い絵を描き上げたと考えられます。

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【筆者プロフィール】

『図説 近代百年の教育』

唐澤るり子(カラサワ・ルリコ)

唐澤富太郎三女
昭和30年生まれ 日本女子大学卒業後、出版社勤務。
平成5年唐澤博物館設立に携わり、現在館長
唐澤博物館ホームページ:http://karasawamuseum.com/
唐澤富太郎については第1回記事へ。

※右の書影は唐澤富太郎著書の一つ『図説 近代百年の教育』(日本図書センター 2001(復刊))

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【編集部から】

東京・練馬区の住宅街にたたずむ、唐澤博物館。教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が集めた実物資料を展示する私設博物館です。本連載では、富太郎先生の娘であり館長でもある唐澤るり子さんに、膨大なコレクションの中から毎回数点をピックアップしてご紹介いただきます。「モノ」を通じて見えてくる、草創期の日本の教育、学校、そして子どもたちの姿とは。
更新は毎月第二火曜日の予定です。

2018年 5月 8日