トナカイは橇(そり)をひく家畜というイメージが強いかもしれません。しかし、トナカイ牧夫は、橇をひかせるためだけでなく、肉や毛皮を利用するためにもトナカイを飼育しています。橇をひかせたり、人を騎乗させたり、荷物を運ばせたりするための家畜を役畜(えきちく)、肉を利用するための家畜を肉畜といいます。トナカイは役畜であり、肉畜でもあります。今回は、牧夫たちはどのようなトナカイ料理を食べているかについて書いてみたいと思います。
屠畜(とちく)は外気温での長期保存が可能な10月~3月に集中しています。屠畜後には、保存方法や部位によって食べ方が異なります。屠畜直後には、顔の肉、脳、肝臓、あばら骨に付いている肉を食べます。肉を一口大にナイフで切り取って塩をつけて食べます。唇や目の周り、頬の肉は繊維が強くなかなかかみ切れないので、数十分かけて噛んで楽しみます。血の滴るぷりぷりした新鮮な肝臓も生のまま食べます。血液も生のまま飲みます。パンや肝臓に血液をつけて食べることもあります。残った血液は凝固しないように塩を入れ、外気で凍らせて保存します。
新鮮で濃厚な血液を飲むことは、寒さに強いトナカイの体をめぐっていた栄養をそのまま取り入れることです。現地の人々は、冬季の屠畜で湯気の立つ血液を飲むと「力が出る」、「寒さが厳しいときにとても欲しくなる」と言います。トナカイの血液をパン生地に混ぜ込み、フライパンで焼いて、血のパンケーキを作ることもあります。
肝臓や血液を食べている間に、消化器系の内臓と心臓を塩で茹でて食べます。消化器系の内臓の内容物を取り出しきれいに洗い、こぶし大に切ってから茹でます。そのまま食べるには大きいので、食卓で各自好きな部位を手に取ってナイフで切りながら食べます。
冬には外気温ですぐに肉が凍るので、屋根の上や小屋、橇の上などで保存します。暖かくなるまで、凍ったトナカイ肉をナイフで削りながら食べます。とくに脛(すね)やあばらの骨に付いた肉をこの方法で食べます。脛の骨を割って、中の骨髄を食べます。そのまま、あるいはパンにのせて食べます。骨髄は油分が多く、「ちょうどパンにバターを塗るようなもの」と言います。また、骨髄だけでなく、トナカイの脂やクマの脂を溶かしてパンにつけて食べることもあります。内臓周りの網脂(あみあぶら)は乾燥させて保存します。
腿(もも)や肩などの大きな部分は凍らせて保存しておき、随時のこぎりで切断・解凍して食べます。削ってそのまま食べるほか、スープやプロフ(炊き込みご飯)に入れたり、ミンチにしてカツレツやピロシキにして食べたりします。スープには、マカロニや米、ソバの実、ジャガイモを入れることがあります。そのほか、玉ねぎ、にんにく、にんじんを少量入れることもあります。調味料は塩のみか、あれば胡椒や化学調味料等を使用します。ジャガイモ以外の野菜や穀類、調味料、サラダ油は村や町で購入します。また、春にはトナカイの肉を乾燥させて干し肉をつくり、保存食とします。
このように、部位や季節によってさまざまな方法で調理して楽しみます。しかし、現地の方々の一番のごちそうは生肉です。牧夫のところに客人が来訪したとき、親戚が集まったときには、凍った生肉と血液でもてなします。苦労して育てたトナカイ肉をそのまま味わうのが最高のごちそうなのです。
ひとことハンティ語
単語:Щи. / Атән.
読み方:シ/アートン
意味:はい、そうです。/いいえ、ちがいます。良くない(悪い)と思います。
使い方:はい、いいえで答えられる質問に対する答えで使用します。「アートン」は、否定的な意見を言うときにも使用します。