前回までで,ドラクエの呪文の特徴を概観できたかと思います。おさらいしておくと,たとえばメラ系の呪文(メラ/メラミ/メラゾーマ)なら,語幹に当たる「メラ」の部分が既存の擬音語・擬態語(「メラメラ」)が持つ火炎のイメージを導入し,語尾の「ミ」「ゾーマ」の部分が当該の呪文の強度を表していました。今回と次回では,ドラクエの呪文が持つ階層性について,もう少しくわしく考えてみましょう。
まず,基本的なルールとしては,音節数(モーラ数)が増えるほど呪文の強度が増すことが挙げられます。以下が,音節数が順に増えている呪文です。
(31) a. メラ/メラミ/メラゾーマ (火の玉で攻撃する) b. ギラ/ベギラマ/ベギラゴン (閃光で攻撃する) c. イオ/イオラ/イオナズン (爆発で攻撃する) d. バギ/バギマ/バギクロス (真空で攻撃する) e. ザキ/ザラキ/ザラキーマ (敵を即死させる) f. ラリホー/ラリホーマ (敵を眠らせる)
では,なぜ,音節数が多いほうが強い印象を与えるのでしょうか。それはおそらく,音節が多いとその分だけ呼気を余計に消費するからでしょう。よりエネルギーが必要なのです。だから,強くて重い印象がする訳です。
このような感覚は,ことばにかたちをとって現れることがあります。クーパーとロスの1975年の論文(Cooper, W. E. & Ross, J. R. “World order.” Papers from the Parasession on Functionalism, CLS)は,名詞の並び方に一定の傾向があることを指摘しています。彼らが扱うのは”A and B”もしくは”AB”のかたちをした慣用表現における名詞ABの順序です。
英語では,意味上の必然性がない場合,音節数が多いものが後に来るという傾向があります。
(32) a. bread and butter (バターを塗ったパン) b. bride and bridegroom (新郎新婦←花嫁と花婿) c. peace and quiet (安らぎ←平和と静穏) d. days of wine and roses (酒と薔薇の日々)
たとえば,breadは1音節ですが,butterは2音節です。そして,butter and breadという順序はあまり見当たりません。
同じことは日本語でも言えます。名詞をふたつ(以上)並べる表現に,たとえば次のようなものがあります。
(33) a. 雨あられ b. 塵芥(ちりあくた) c. 魑魅魍魎(ちみもうりょう) d. 巨人大鵬卵焼き
(33c)の「魑魅魍魎」はさまざまな妖怪変化を表す表現ですが,「魑魅は山の精,魍魎は水の精」(『デイリーコンサイス国語辞典』)を意味します。同じような意味の名詞がふたつ並ぶとき,日本語でも音節数の多いものが後に来ることが多いようです。ちなみに「魍魎魑魅」(もうりょうちみ)という表現はありません。
(33d)の「巨人大鵬卵焼き」は,「国鉄」や「メリケン粉」と同じくらい昭和の香りがぷんぷんする表現です。1960年代に子供が好きだったものと言えば,読売ジャイアンツと横綱大鵬と卵焼きだった訳です。
同種のものを複数並べるときは,後のほうが重くなるように並べる,というのが日本語でも英語でも慣例となっています。ことばの音に対する重さ・強さの感覚はこのように,母語話者に共有されています。ドラクエの呪文はその感覚を利用して,同種の呪文を階層化しているのです。
しかし,問題があります。
(34) a. ホイミ/ベホイミ/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン b. ヒャド/ヒャダルコ/ヒャダイン/マヒャド
ホイミ系の呪文は,仲間のHP(体力)を回復させます。「ベホマ」は「ベホイミ」よりも音節数が少ないにもかかわらず,より体力を回復させます。そして,ヒャド系呪文は,氷や吹雪で敵を攻撃します。「マヒャド」も「ヒャダルコ」「ヒャダイン」より音節数が少ないのに,より強い攻撃ができるのです。
なぜでしょうか。続きは,また再来週。