最初に,用語について少しだけ解説します。前回は,紙数の都合から一般に知られている音節ということばで説明しました。しかし,これは日本語に関して正確な言い方ではありません。
音節は,母音を中心とした音のまとまりを指します。ですので,1つの母音に複数の子音が合体しても,母音1つのみでも1音節になります。とすると「ヒャダイン」は「ヒャ」+「ダ」+「イン」となり,3音節です。
ですが,日本語は撥音「ン」にも1音節分の長さ(1拍分)を認めます。ですので,日本語の表現については拍数で考えるほうがいい。ちなみに,この拍の概念をモーラ(mora)と言います。この拍数で勘定すると,「ヒャダイン」は4モーラになります。すると,4モーラの「ヒャダイン」よりも3モーラの「マヒャド」のほうが強いのはなぜか,という疑問が出てくるわけです。同様に,「ベホマ」が「ベホイミ」よりもモーラ数が少ないことも問題です。
今回は,「ベホマ」について考えます。ホイミ系の呪文は次の並びになっています。
(35) ホイミ/ベホイミ/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン
たしかに,「ベホマ」のほうが「ベホイミ」よりモーラ(拍)の数が少ない。なのに,「ベホマ」のほうが強い。ドラクエの呪文のなかで「ベホマ」は例外とすべきかもしれません。
しかし,「ベホマ」と「ベホイミ」のどちらが強そうですか?という少々間の抜けた質問をすると,皆が「ベホイミ」を選ぶわけではありません。つまり,音韻上の強さの印象は,モーラ数だけから単純に計れる訳ではないようなのです。ならば,モーラ数の多少による強さ重さの感覚を減じる事情が「ベホマ」にあるはずです。
「ベホイミ」と「ベホマ」の発音について少しこまかに観察します。「ベホイミ」は「ホ」のところでピッチが上がり,「イミ」の部分で下がります。「ホ」にアクセントがあり,「べ」が次に強く感じられる。他方,「イミ」は低く消えていくような感じです。強めに感じられるモーラはせいぜい2つで,モーラ4つ分のインパクトがじゅうぶんに伝わるとは言えません。
他方,「ベホマ」は「ホ」でいったん下がり,「マ」で少し浮上します。そして,「ベホマ」の3音はそれぞれが区切られるように明確に発音されます。こちらはモーラ3つ分の重量がしっかり伝わります。
前回,音節数(モーラ数)が多いと呪文が強く感じられるのは,つまるところ,呼気の消費量,つまり発音にかけるエネルギー量の差に理由があるのではないかと述べました。この考え方が正しいとすれば,本来強く感じられるはずの「ベホイミ」が弱めに感じられるのも無理からぬように思います。目立つモーラの数は「ベホマ」のほうが多いのです。
ほかにも理由は考えられます。前回に引いたクーパーとロスは,子音や母音の種類も名詞連続の順序に関係すると述べています。つまり,音が持つ大きさや重さの感覚に母音・子音の種類が関与する訳です。たとえば,zigzag(ジグザグ)ということばは,zigよりもzagのほうが重く感じられるために (そしておそらくは,舌の位置を上から下へ移動しつつ発音するほうがその逆よりも楽なために),zagzigとするよりも座り(語呂)がよいのです。
同様に,日本語の「イ」の音は「ア」に比べて,調音の際の舌の位置が高く,口の開き方も小さいため,軽く小さく感じらます。「ア」と「オ」は逆に大きく重い。そして,「ベホイミ」は大きさを感じさせないイ行の連続で閉じるのに対して,「ベホマ」はしっかりア行で終わっています。
今回は,「ベホマ」と「ベホイミ」の関係がモーラ数の基本則からはずれていることについて考察しました。「ベホマ」例外的な存在ですが,そこにモーラ数による強さの印象を減じる発音上の理由があることが了解できたかと思います。
次回は,ヒャド系呪文をもとに,呪文の強さと意味的な動機づけのかかわりについて考えます。