前回は、「学術」とは英語の”Science and Arts”のことである、という日本語(漢語)と英語の対応が論じられたくだりを読みました。
今回は、その直後に書かれていたことを検討します。「ラテン語にはScio ars{私カ物ヲ知ル}又はartis.」と述べられていましたね。
Scio(スキオー)は、ラテン語で「(私は)知っている」という意味の動詞です。英語のScienceの語源とも関係があります。ここで読んでいる「西周全集」第4巻の表記(縦書き)では、「Scio ars」の左側に「私カ物ヲ知ル」と添えられていますが、これはScioに対する注釈だと読んでよいでしょう。
また、ars(アルス)は「術」や「技術」を筆頭にいろいろな日本語に対応する名詞。ラテン語の名詞には、「性」や「数」の他に「格(case)」の区別があります。arsは主格、つまり主語になる形です(ついでに言えば女性・単数)。他方、併記されているartisは、arsの属格の形です。属格(genitive case)というのは、所属関係を示したい場合に用いる形。それがなぜここに併記されているかというと、おそらくラテン語の辞書の見出しに、名詞の場合、主格と属格を並べることと関係があると睨んでいます。
前回の”Science and Arts”の単数形と複数形の並置の話ではありませんが、”Scio et ars”という動詞と名詞の並置もちょっと気になります(勝手に補ったetは、英語のandに相当する語です)。
もちろん、言葉を並べるときに、数や品詞を揃えなければならないということはありません。でも、英語では単数/複数の違いはあれど、名詞が並んでいたのに対して、ラテン語では動詞と名詞が並んでいるのはなぜだろうと、一応考えてみたくなります。「學」の字を吟味する際には、それが元来動詞であって名詞として使うことは少ないと品詞の違いを視野に入れている西先生です。
仮に「學と術」の英語”Science and Arts”に対応させるとしたら、ラテン語は”Scientia et Artes”となるでしょうか。しかし、そうではなく、Scioとars artisが並べられているわけです。
ひょっとしたらこのことは、西先生が参照した文献の表記と関係があるかもしれません。Scienceの語源の説明にScioが出ており、Artsの語源の説明にars artisが出ている、そんな書物を利用した痕跡が、ここには現れていると考えられないでしょうか。
実はいま検討している箇所につづいて、ScienceとArtについて、さらに詳しい検討がなされます。その際、英語の文献から説明が引用されるのですが、そこで今述べた疑問が解消できるかもしれません。
それにしても、こうして言葉の根を訪ねて、その来歴を確認すると、言葉が単に自分の同時代のなかにあるだけでなく、一見縁もゆかりもなさそうな異国の異語ともつながっているというふうに、視野を広げられます。「百学連環」冒頭の古典ギリシア語と英語の話もそうでしたね。
言葉を使うということは、目の前の用事のためであると同時に、実はそうした言葉を育んできた歴史との関係を、そのつど呼び覚ますことでもあります。そう、私たちは日々、それと知ってか知らでか、さまざまな出自と来歴をもった言葉を織り合わせて、歴史と文化の織物を編んでいるのです。