「百学連環」を読む

第27回 なぜScience and Artsなのか

筆者:
2011年10月7日

西先生は、まず日本語(漢語)の「學術技藝」について確認した後、そもそもこうした語を対応させることになった欧米の言葉に目を向けます。続きを読みましょう。

學術の二字則ち英語にてはScience and Artsをラテン語にはScio ars{私カ物ヲ知ル}又はartis. 大此の如しと雖も、其の學問といふ所以を深く知らさるへからす。

(「百學連環」第2段落第11~12文)
{ }内は行の左に添えられている。

 

次のように訳してみました。

「学術」の二字を、英語ではScience and Arts、ラテン語ではScio arsまたはartisという。おおまかにはこういうことだが、そこで言われてる「学問〔学術〕」のなんたるかをよく知る必要がある。

ご覧のように、日本語の「学術」が英語、ラテン語と対応していることが示されます。

前々回にも少し触れたように、ScienceとArtsと、単数形と複数形が並べられているところが、ちょっと気になります。現代のようにScienceが「学術」ではなく「科学」と訳される場合であれば、Scienceの名の下にさらなる諸科学が分類されるという意味も見てとりやすい道理。しかし、「百学連環」で言われているScienceは、「科学」ではなく「学術」に対応しています。

それならいっそのこと、Artのほうも単数で記せばよさそうなもの。現に「乙本」ではこの箇所は、”science and art”と記されています。とはいえ、実際のところ西先生がどう考えていたのかは、この文章だけからでは判断できそうもありません。

ひょっとすると英語では一般的な表記なのでしょうか。角度を変えて考えてみます。

そこで連想されるのは、アメリカの科学雑誌『American Journal of Science and Arts』です。そう、”Science and Arts”です。1818年に創刊されて、現在も続くこの雑誌は、もっぱら地球科学に焦点を当てたもの。ウェブサイトを見ると、いまでは”and Arts”は外されています。

ディジタル化されたものが公開されているので、創刊号を覗いてみましょう。扉にはこうあります。

THE AMERICAN JOURNAL OF SCIENCE,
more especially of MINERALOGY, GEOLOGY,
and the other branches of NATURAL HISTORY;
Including also AGRICULTURE
and the ornamental as well as useful ARTS.

実際にはすべての文字が大文字で印字されていますが、ここでは一番大きく印字されているJOURNAL OF SCIENCEと、学術名を大文字にしてみました。訳せばこうなるでしょうか。

アメリカ科学ジャーナル
特に鉱物学と地質学
およびその他の自然誌〔博物学〕の諸領域について。
ただし農業と
装飾と実用にわたる
諸技芸も含む

さらにページを繰って、雑誌の趣旨(PLAN OF THE WORK)を読んでみると、「本誌は、一連の自然諸科学(circle of THE PHYSICAL SCIENCES)と、そうした科学を諸技芸(THE ARTS)やあらゆる実用目的への応用を包括的に取り扱うものである」(同誌, Vol.1, p.v)と書かれています。ここではSciencesと複数形が使われていますね。

詳しい検討は省略しますが、その文章全体を読んでみると、自然科学のさまざまな領域を意識する文脈では、Sciencesと複数形を使い、自然科学全体を「科学」とひとまとめで扱いたい文脈ではScienceと単数形を選ぶというように、使い分けられていることが判ります。

それに対して技芸のほうは、ほぼ例外なくArtsと複数形で書かれています。そこでより具体的に並べられているものを見てみると、農業、機械製造、化学製造、家政、音楽、彫刻、版画、絵画などなど、驚くほど多種多様です。

これは推測に過ぎませんが、科学に比べて、ここに並べられた諸技芸は、一口にArtとまとめてしまうには、あまりにも多様なために、Artsと書くことになるのではないかと思います。まとめきれないと申しましょうか。

これはもちろん西先生の「百学連環」と直接関係することではありません。しかし、ここで考えたことは、ひょっとしたらこの先で西先生の学術観を知るうえで補助線となるかもしれません。そう思って少し寄り道をしてみました。ラテン語の話は次回にしましょう。

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=槪(U+69EA)

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筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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