日本語社会 のぞきキャラくり

第86回 観点どうしの連動

筆者:
2010年4月18日

発話キャラクタを「品」「格」「性」「年」という4つの観点から述べてきたことに対して(第57回~第71回)、「観点が4つでは足りないのでは?」という疑問を取り上げた後(第72回~第82回)、今度は逆の疑問、つまり「観点が4つもあるのは多すぎでは?」という疑問に答えている(第83回~)。そこでまず述べたのは「観点4つが多すぎということは確かにある」つまり「発話キャラクタによっては、観点を4つも必要とせず、いくつかの観点は具体的な値が指定されないこともある」という考えだが(第83回第84回第85回)、だとすると4つの観点はますます多く見えてくるかもしれない。

というのは、たとえば「品」に関する発話キャラクタのバリエーションは、『上品』か『下品』かの2通りではなく、『上品』か『下品』かそれとも無指定かという3通りということになるからである。同様に、「格」に関するバリエーションは『特上』『目上』『目下』『ごまめ』に無指定が加わり、4通りから5通りに跳ね上がる。「性」に関しては『男』『女』プラス無指定で3通り、「年」に関しては『老人』『年輩』『若者』『幼児』プラス無指定で5通りである。全部のバリエーションを組み合わせると3×5×3×5で225になる。全ての観点が無指定というのはないと考えて1つ減らすとしても(第84回)、実に224個もの発話キャラクタを認めることになってしまう。これはそもそも、掛け合わせる数字(3、5、3、5)が4つもあるからである。つまり観点が4つもあるからである。4つは多すぎではないだろうか。

この疑問に答えるためにも、これまで断片的に書きつけてきた考えを仮に「観点どうしの連動」という名のもとにまとめておこう。これは「「品」「格」「性」「年」という4つの観点は、別々のものではあるが、しばしば連動する」、つまり「或る観点の値と別の観点の値はしばしば結びついている」という考えである。

観点どうしの連動には、強い連動と弱い連動がある。

強い連動というのは、或る観点の値が、別の観点の値を決定し、その観点のバリエーションをただ1通りに限定してしまうというものである。『老人』や『幼児』なら『男』『女』によることばの違いはないというのは(第68回)、「年」という観点の値(『老人』『幼児』)が、「性」という観点の値(無指定)を決めてしまうという形で、「年」と「性」が強い連動を起こしている。

弱い連動というのは、或る観点の或る値が、別の観点の値を、決めはしないけれども傾向として予測させ、あわよくばバリエーションを或る範囲内に限定してしまうというものである。「『男』は『女』より「格」が上」「『女』は『男』より「品」が上」という通念・期待は(第64回)、「性」と「品」「格」の弱い連動と見ることができる。

もちろん、「強い」「弱い」というのは程度問題で、両者の間にはどちらに所属させたらよいのか判断に迷うものもある。「年」が『幼児』なくせに「格」が『特上』という発話キャラクタや、「格」が『特上』で「品」が『下品』な発話キャラクタが、あり得ないのか、それともただ珍しいだけであり得るのかは、微妙な問題かもしれない。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。