いわゆる「英語名人」の武勇伝としてよく例に出されることですが,昔の英学者達の中には,辞書を最初のページから丸暗記し,覚えたページは食べてしまったという,強靱な胃袋を持っている人もいたそうです。学習英和辞典というものがほとんどなかった頃なら,辞書に載っている単語を闇雲に覚える人も珍しくなかったのかもしれませんが,最近の学習辞書には,非常に細かな重要度ランクが星印で記載されているので,胃腸の弱い人でも効率的に英語学習を進めることができます。
昔の学習英和辞典は,英語圏で何十年も前に構築された基本語彙リストや執筆者の直感などをもとに重要度ランクが決められているものが多くありました。そのため,私たちが日常的に目にする大学入試問題や資格試験,教科書等の英文の出現頻度とは少なからずずれがあったように思います。しかし,最近では,三省堂コーパスなど,日本人の英語学習に特化したコーパスを参考にすることで,より実際の出現頻度に近いランク付けがされています。一方で,従来よりも重要度ランクが細かく区分されるようになり,「どのランクの単語まで覚えればいいのか」と疑問を抱く学生や教員も多くいるのではないでしょうか。
今回は,前回考察した,『グランドセンチュリー英和辞典』『ウィズダム英和辞典』の全見出し語のカバー率データをより細分化し,重要度ランクごとのカバー率を算出してみました。結果は,以下のグラフの通りです。このグラフは,実用英語技能検定,センター試験のカバー率を,各英和辞典の重要度レベルごとの累計で示したものです。たとえば,グラフ1(グランドセンチュリー英和辞典)の場合,センター試験の「**」ランクのカバー率が約76%となっていますが,これは,『グランドセンチュリー英和辞典』の上位2ランク(「***」と「**」)の見出し語のみで,大学入試センター試験の長文問題で出現した単語の約76%がカバーできることを意味します。
これらのグラフを見ると,とくに英検2級とセンター試験では,『グランドセンチュリー英和辞典』『ウィズダム英和辞典』ともに,「**」ランクでカバー率が急増していることが分かります。このランクは「高校学習語(高校必修相当語彙)」とされており,約2800語が含まれていますが,「中学学習語(中学必修相当語彙)」の「***」ランク(約900語)と合わせて約3700語をマスターすれば,センター試験をはじめとした標準レベルの大学入試や,英検2級などの高校卒業程度の資格試験においても,約8割の単語がカバーできることになり,必要十分な語彙力を身につけることができると言えます。“ウィズダム”,“グランドセンチュリー”とも,「***」「**」ランクの語は大活字で表示されていますので,「高校3年生までに,大きな活字の見出し語の単語をすべてマスターすること」というような指導をすることで,より効率のよい単語学習をすることができます。
最近は,受験用単語集を辞書のかわりに使う高校生も増えていますが,受験用単語集は,中学,高校初級レベルの基礎的な単語が出ていないことが多く,とくに英語が苦手な受験生の場合,重要な単語が漏れてしまうこともあります。一方,辞書の重要度表記は,中学1年レベルの単語から,英語を専門にする大学生でも知らない単語まで,もれなく記載されていますので,「知らない単語を辞書で引いたら,必ず重要度表記もチェックし,単語帳に書き写す」ということを習慣にさせるとよいのではないでしょうか。「この単語は受験でよく出ますか?」と教員に質問する生徒も多くいますが,未知語を辞書で引いた際,「覚えるべき単語かどうか」を,重要度表記を参考にして自分で選別させることも有効でしょう。
次回は,最近の英語辞書に見られる「使いやすさ」に焦点をあて,「辞書」という書物が「いまどきの英語学習者」にどう歩み寄ろうとしているのかを考えてみたいと思います。