地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第211回 田中宣廣さん: 新市民歓迎の方言メッセージ

筆者:
2012年7月21日

 方言メッセージのいくつかの用法のうち,最も多用されるのが歓迎の方言メッセージです。歓迎の方言メッセージと言いますと,基本が観光客や地元のお客さんが対象ということになっています。この連載でも,近くは第196199201206回など,多くの回で取り上げています。ただ,その土地に来るのは,何も観光客だけではありません。転勤などの転入者もいます。今回は,そういう転入者対象の歓迎方言メッセージの例を,私の住む,岩手県宮古市から取り上げます。

【写真1】マリンコープDORAのメッセージ
【写真1】マリンコープDORAのメッセージ
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まず,マリンコープDORAです。「コープ」とあるように,生活協同組合の施設です。同店内の告知ポスターに方言メッセージがあり,「転勤で就職で 宮古に引っ越して、こられた皆さん『よぐおでんしたぁ~(^0^)』」と書かれ,転入者対象であることを明確にしています【写真1】(2008年5月撮影)。すぐ下に「宮古弁で『よく、いらっしゃいました』」と解説も付けています。ここで重要なのは,「あなたも生協の仲間になりませんか??」という本題やそれに続く説明よりも上に,方言メッセージが書かれていることです。つまり,まずは方言メッセージでお客の注意を引きつける目的があるわけで,絵や写真を使ったポスターでの絵や写真の役割を,方言が担っているわけです。

DORAの店舗の性格や立地から,観光客の来店は,あまり想定されていません。宮古市は陸中海岸国立公園を抱える観光地なので,観光客向けの商業施設は他にあります。DORAには,生協以外にも,民間店舗が多く出店しています。岩手生協の紹介サイトhttp:http://www.iwate.coop/shop/shoplist/store.php?shop=183に案内があります。

【写真2】宮古保健センターの案内書面
【写真2】宮古保健センターの案内書面
(クリックで全体〔両面の表側のみ〕表示)

もう1例は,市役所(宮古保健センター)です。乳幼児と妊婦の転入者への健診や予防接種等の案内書面です。こちらも,「宮古市に転入されたお子さんと妊婦さんへ」という標題よりも上に「ようこそおでんした!」の方言メッセージを掲げています。

 なお,宮古保健センターは,庁舎が東日本大震災の津波の直撃を受けて使用不能となりました。現在は,宮古市中央公民館に事務所を設置し,乳幼児健診等は宮古市総合体育館の施設を利用しています。

《謝辞》
 宮古保健センター案内書面の取材には,宮古市役所総合窓口課主任:伊藤 眞 氏のご協力を戴きました。ここに記し,あらためて御礼申し上げます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。