絵巻で見る 平安時代の暮らし

第65回『年中行事絵巻』巻十三「印地打ち」を読み解く

筆者:
2018年9月19日

場面:印地打(いんじう)ちをしているところ
場所:平安京の大路
時節:五月五日の端午の節句

人物:[ア][イ][ウ]投擲する若者  [エ]棒を持つ若者 [オ]浅沓を持つ若者 [カ]下駄を持つ若者 [キ]下駄を持つ僧侶 [ク]草履を持つ若者 [ケ]血を流す若者 [コ] 転んだ若者 [サ][シ][ス]菖蒲刀をする若者 [セ]小弓を持つ若者 [ソ][タ][チ]立烏帽子の大人  [ツ]萎烏帽子の大人 [テ]太刀を持つ僧侶 [ト]少女 [ナ]母親 [ニ] 子ども

建物など:①竹 ②町屋 ③置石 ④板葺き屋根 ⑤柴垣 ⑥透打門(すきうちもん) ⑦閾(しきみ) ⑧網代塀 ⑨板戸

持ち物など:㋐軒菖蒲 ㋑・㋒・㋓・㋗礫(つぶて) ㋔紐で結わえた礫 ㋕・㋟・㋢腰刀 ㋖・㋠垂髪 ㋘・㋣・㋨棒 ㋙・㋰浅沓 ㋚・㋝・㋯・㋳太刀 ㋛刀鞘 ㋜・㋞下駄 ㋡草履 ㋤血 ㋥血痕 ㋦頭に巻いた菖蒲 ㋧菖蒲刀 ㋩菖蒲 ㋪小弓 ㋫矢束 ㋬綾藺笠(あやいがさ) ㋭・㋱立烏帽子 ㋮水干姿  ㋲萎烏帽子

はじめに 今回も遊びの場面です。これまで何度も採り上げました『年中行事絵巻』の印地打ちを見ることにします。印地打ちとは、若者たちが、二手に分かれて石を投げ合う石合戦のことで、棒や刀を振り回すこともありました。斬り合いのまねをするとの見方もありますが、実際に切りつけることがあったかもしれません。石合戦を指す「向礫(むかいつぶて)」と言う語もありますが、印地打ちとの違いはよく分かっていません。早速、絵巻を見ていくことにしましょう。

絵巻の時節 最初に画面の時節を確認します。印地打ちは、正月と五月の端午の節句に年中行事のように行われました。どちらの月になるか、季節を表す物を探してみてください。画面上部の左隅が分かりやすいでしょう。①竹が植えられた②町家の③置石された④板葺き屋根の軒に何かが垂れ下がっています。これは、第21回の『年中行事絵巻』「騎射」にも描かれていた魔除けとなる、㋐軒に挿した菖蒲(軒菖蒲)でした。そうしますと、画面は端午の節句(菖蒲の節句)の印地打ちとなります。軒以外にも菖蒲が描かれていますが、後で触れることにしましょう。

この絵巻の巻十六にも印地打ちが描かれています。そこでは若者たちが「ゆずり葉」を腰につけていました。これは正月の風俗ですので、時節はちがっています。「ゆずり葉」は第7回の『年中行事絵巻』「毬杖」で触れましたので参照してみてください。

投石器 印地打ちの様子を見てみましょう。どのように描かれているでしょうか。画面の下側が分かりやすいですね。左端には㋑礫が飛んでいる様子が、㋒中央と㋓右端には落ちた礫が描かれています。

また、肩脱ぎした[ア][イ] 二人の若者は、㋔紐で結わえた礫を振り回していて、今にも投擲しようとしています。これを、帯状の布を二つ折にし、折り目に礫を置いて振り回して飛ばしたとする説があります。しかし、絵から見ますと、結わえられた感じですね。いずれにしても立派な攻撃用の投石器になっています。

㋕腰刀を差し、㋖垂髪を束ねて肩脱ぎした[ウ]若者は、今、投擲したところです。ここにも㋗礫が飛んでいく軌跡が描かれています。この飛礫は、㋘棒を持った[エ]若者に当たりそうですので、慌てて逃げようとしています。この棒は、礫を打ち当てれば、投石器の働きもしました。

防御具 では楯になる防御具はあるでしょうか。[オ][カ][キ][ク]四人ほどが眼前に何かをかざして、楯にしているようです。身近にあるものですね。[オ]の若者は左手で㋙浅沓を持って楯代わりにしています。右手は㋚太刀を振り上げ、腰に㋛刀鞘が見えます。 [カ]の若者は㋜下駄を楯にして、同じく㋝太刀を振り上げています。逃げ出している[キ]僧侶も㋞下駄を後ろにかざし、㋟腰刀を持っています。勇ましい顔つきで㋠垂髪を束ねた[ク]若者は㋡草履を前にかかげ、㋢腰刀を持って突撃しています。履物が礫には有効な防御具になっていますね。

けが人 防御具がない者は、礫が当たれば傷を負います。⑤柴垣の手前には、杖のような㋣棒を持った[ケ]若者が額から㋤血を流し、道には点々と㋥血痕がついています。悄然とした様子です。

また、逃げようとして転んだ[コ]若者もいます。下手に転べば、けがもするでしょう。こうしたけが人たちも出ますので、印地打ちはたびたび禁止されたのでした。

印地打ちの風俗 印地打ちには、以上の他にも注意したい風俗があります。先ほど見ました[ア][イ][エ][コ]若者たちの頭部を見てください。何かが結わえられています。これは㋦頭に巻いた菖蒲です。五月の節句の折ですので、さらに菖蒲は使われています。

腰に太刀以外の何かを指した [サ][シ][ス]若者たちがいます。これは菖蒲を刀のように腰に差した㋧菖蒲刀です。左手に㋨棒を振り上げて走る[ス]若者は、右手にも㋩菖蒲の束を持っています。前を逃げる[セ]若者に打ちかかろうというのでしょう。逃げる若者は、㋪小弓を持ち、㋫矢束を背負い、㋬綾藺笠(第57回参照)を持っています。芸能に携わっていたようですが、今は逃げるのに懸命です。

菖蒲はさらに使われましたが、この画面にはありません。カットした画面左側には菖蒲を兜にした菖蒲兜の若者が描かれています。印地打ちでは、端午の節句にふさわしく菖蒲が使われているのです。

印地打ちする大人たち 印地打ちには、若者だけでなく、大人も加わりました。烏帽子をかぶっているのは大人だと判断できますね。㋭立烏帽子をかぶった[ソ]者は、㋮水干姿で㋯太刀を持ち、㋰浅沓を履いています。下級役人でしょうか。逃げている[タ][チ]二人は、㋱立烏帽子が脱げないように手で押さえながら走っています。さらに、㋲萎烏帽子の[ツ]者もいます。

また、先に見ました逃げる[キ]僧侶の他に、㋳太刀を持ったもう一人の[テ]僧侶もいます。この二人は、私度僧でしょうか。

見守る住人 大人や僧侶まで加わり喧噪をもたらす印地打ちは、住人たちにとって、こわい見物でした。町屋からこわごわ覗く姿も描かれています。

⑥透打門(板を透かして打った扉の門)を右手で少し開けて[ト]少女が外を見ています。この門の⑦閾には、車が通れるように窪みがつけられています。奥に家屋があるのでしょう。門の両側は、丁寧に描かれていませんが、⑧網代塀になっているようです。

画面左端には、[ナ][ニ]親子でしょうか、やはり⑨板戸を開けて覗いています。こわくても、覗きたくなるのでしょう。

印地打ち場面の意義 石合戦は、世界各地に古来より現代まで見られる習俗です。日本の場合は、豊凶を占う民俗行事とする見解があります。勝った方の土地が豊作になると言うわけです。この一方で、投石はいつの時代でも武力の行使でした。印地打ちの場面でも、この両方の意味がくみ取れるようです。菖蒲を頭に巻いたり、刀にしたりするのは、魔を除け豊作を願う意味が込められていましょう。また、大人たちまで加わっているのは、喧嘩どころか戦のようでもあります。印地打ちという遊びには、こうした二面性が認められるのです。

筆者プロフィール

倉田 実 ( くらた・みのる)

大妻女子大学文学部教授。博士(文学)。専門は『源氏物語』をはじめとする平安文学。文学のみならず邸宅、婚姻、養子女など、平安時代の歴史的・文化的背景から文学表現を読み解いている。『三省堂 全訳読解古語辞典』編者、『三省堂 詳説古語辞典』編集委員。ほかに『狭衣の恋』(翰林書房)、『王朝摂関期の養女たち』(翰林書房、紫式部学術賞受賞)、『王朝文学と建築・庭園 平安文学と隣接諸学1』(編著、竹林舎)、『王朝人の婚姻と信仰』(編著、森話社)、『王朝文学文化歴史大事典』(共編著、笠間書院)など、平安文学にかかわる編著書多数。

■画:高橋夕香(たかはし・ゆうか)
茨城県出身。武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒。個展を中心に活動し、国内外でコンペティション入賞。近年では『三省堂国語辞典』の挿絵も手がける。

『全訳読解古語辞典』

編集部から

三省堂 全訳読解古語辞典』編者および『三省堂 詳説古語辞典』編集委員でいらっしゃる倉田実先生が、著名な絵巻の一場面・一部を取り上げながら、その背景や、絵に込められた意味について絵解き式でご解説くださる本連載「絵巻で見る 平安時代の暮らし」。次回は、同じく『年中行事絵巻』から、田楽の場面を取り上げます。どうぞお楽しみに。

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