地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第251回 田中宣廣さん: 最近の「方言エール」

筆者:
2013年4月27日

第226回第231回第236回の3回にわたり,「方言エール」のまとめをしました。それを基本用法と応用的利用に分けて示したのが【表1】です。

表1
【表1】

東日本大震災から2年が経ちました。震災時の方言エールも,だいぶ様変わりしてきました。最近は,基本用法そのものも,当初の用法から,提示の状況や使用の動機が変わってきています。

震災時の方言エールは,はじめ,避難者個人が,同じ避難所にいる同じコミュニティーの,同じ方言を使う人々へ向けたものでした(基本用法 ア)。震災直後は,具体的になすべきことが分からず,家族の行方,家や家財のことでも大きな不安がありました。そういうなかで出てきた方言エールでした。「気持ち【だけは】確かに持って」という互いの「掛け声=エール」が限界の状況だったのです。つまり,その目的は,「ふるさとはなくなっていない(自分たちのなかに方言が生きている)のだから,命をつないでいこう」と,励まし合うことでした。

地域住民の純粋な感情から湧き出たものが,その後,日に日に広まっていきました。3回の「まとめ」のとおり,(イ)企業・行政や(ウ)救援隊でも方言エールを示し合いました。このころの目的は,その場にいる人全員で「生存の意思」を共有することでした。

(写真はクリックで全体表示)
 

【写真1】
【写真2】
上:【写真1】宮古市役所(市長のメッセージ入り)
下:【写真2】がれき処理施設でも方言エール
【写真3】 【写真4】
上左:【写真3】壊滅の街にも
上右:【写真4】釜石の復興の印「まる」
【写真5】
上:【写真5】意思を示す幟(キャラクター入り)

それから時が移りました。最近は,目的が「復興の意思」の確認に推移しています。震災後数カ月から見ると,全体の数は減ってきています。そのなかで,方言エールの基本用法が,大きく目立つように掲げられています。復興の意思や作業の精神的支柱の確認のため,街中やタクシーの車体,また,工事現場で,よく目に入ります。第236回でまとめた2種の応用的利用も増えています。

今回,そのなかから,5箇所の例を紹介します。岩手県では,宮古市【写真1】,山田町【写真2】,釜石市鵜住居(うのすまい)地区【写真3】,釜石市(中心部)【写真4】,また,宮城県気仙沼市の例【写真5】です。いずれも,基本用法(イ)を受け継いでいます。

震災時の方言エールは,はじめ,まったく素朴な動機から出ました。「ふるさとはなくなっていない,しっかり生きていこう」との性質でした。そこから最近は,「ふるさとで生活を再建する,自分たちを支えてくれたふるさとを今度は自分たちが再生するのだ」という決意表明になっています。これらの用例に託された被災地再建の意思を,よく理解したいと思います。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。