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第25回 音がもたらす強さ,意味がもたらす強さ(その2)

筆者:
2012年3月29日

ヒャド系呪文は,「ヒャド」(2モーラ)「ヒャダルコ」(4モーラ)「ヒャダイン」(4モーラ)と,「モーラ(拍)数の多い呪文はより強力である」というルールに違うことなく,段階的に強度が高まります。

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ところが,次の「マヒャド」でモーラ数は3に減少します。にもかかわらず,「マヒャド」がより強力な呪文として設定されているのはなぜでしょうか。

「マヒャド」には意味にかかわる理由が存在します。その強さは意味的に動機づけられているのです。

「マヒャド」の「マ」は「真水」の「真」です。

「真」は,真冬・真夜中・真っ最中というように,語頭に現れて後続する表現の純度を高める修飾語です。ですから,「マヒャド」はヒャド純度100%。そのような理由で「マヒャド」は「ヒャダイン」や「ヒャダルコ」よりも強力なのでしょう。

前回の「ベホマ」も,「マ」がつくという点では「マヒャド」と同じです。しかし,「ベホマ」の「マ」は語尾に位置するので,強調の修飾語「真」の解釈はされません。強調の修飾語としては機能しないのです。「マヒャド」とは対照的に,「ベホマ」には明確な意味的理由が与えられていません。せいぜい,「悪魔」「通り魔」など,「マ」で終わる不気味なことばをうっすらと連想させる程度です。前回,「ベホマ」に対し音韻的な理由しか挙げなかったのは,このような事情によります。

さて,意味的な動機づけは,音韻的な理由にしばしば優先します。前回も言及した名詞が連続する表現を例にとって考えてみましょう。慣用的な名詞並列表現では,音の重さの感覚が名詞の並び方に影響するからです。

たとえば,モーラの数から言えば,「巨人阪神戦」というのが妥当です。「巨人」が3モーラなのに対し,「阪神」は4モーラだからです。しかし,関西では「阪神巨人戦」と言わねばなりません。なぜかと言うと,阪神ファンが怖いからです名詞がふたつ並ぶとき,私たちはそのうちの自分にかかわりの深いほうを前に出して,自分の考える重要性の序列を名詞の順序に反映させる傾向があるからです。

このように,しばしば意味は音に優先します。そして,ドラクエの呪文には,一定の意味を担った要素(語句)が時折組み込まれています。その場合,音韻的な理由が考えられる場合よりも,呪文の階層性はより明示的になります。

たとえば,雷撃による攻撃を引き起こす呪文に「ライデイン」(第22回(30d))は,「ミナデイン」「ギガデイン」というふうに強化されます。「ミナ」は「皆」を表し,「ギガ」は「ギガバイト」などの単位に用いられる「ギガ」です。

もっとも,このような意味的動機づけは,ドラクエの呪文でそれほど多用されている訳ではありません。呪文の本願は分かりにくさにあります。意味的動機づけが多すぎると,分かりやすい底の浅い呪文になってしまいます。だから,意味を明示しない音韻的な動機づけ(たとえば,モーラ数の多少)も必要になります。この辺りのバランスが重要なのです。

第7作以降に登場する「マジャスティス」「ギガジャティス」という呪文があります。どちらが強力だと思いますか。

「マ」+「ジャスティス」,「ギガ」+「ジャティス」という作りです。「ギガジャティス」では「ジャティス」と「ス」が抜けるのは,字数を7文字に収めるという制約があるからでしょう。この場合,「ジャスティス」と「ジャティス」は同義と見なしてよい。

残るは「マ」と「ギガ」。どちらも語頭の位置で意味的な修飾語として使われています。「ギガ」は意味的には後続する語句が表す容量が桁違いに大きいことを表します。これに対し,「マ」は後続表現の純度を高める程度です。音韻的には,「ギガ」のほうがモーラ数も多く,発音に労力を要する濁音で構成されています。

結果はやはり,「ギガジャティス」のほうが強力なのです。

筆者プロフィール

山口 治彦 ( やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。

専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。

著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998),『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版)

 

『語りのレトリック』(海鳴社)

編集部から

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