さて,ドラクエは国外でも売れています。呪文はどのように翻訳されているのでしょうか。
ハリポタの呪文の場合,オリジナルのことば遊び(ラテン語もどき)は翻訳不可能でした。したがって,たとえば小説ではPetrificus Totalusを「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」というように,呪文であることをカタカナ表記の音で示し,さらに呪文の意味合いを明示的に訳出していました。とりあえず,わかりやすさを優先させたわけです。petrification(石化)とtotal(全体的)というラテン語系の単語がそこに織り込まれていることなど,示しようもありません。
他方,ドラクエの英語訳は,オリジナルの秀逸さを欠くものの,ツボを押さえた翻訳がなされています。たとえば,メラ系とバギ系の呪文ですとこうなります。
(36) a. メラ/メラミ/メラゾーマ/メラガイアー b. frizz / frizzle / kafrizz / kafrizzle c. バギ/バギマ/バギクロス/バギムーチョ d. woosh / swoosh / kaswoosh / kaswooshle
英訳は,ドラクエⅨの北米版ガイドブックDragon Quest IX: Sentinels of the Starry Skies (Bradygames)から採りました。「メラガイアー」「バギムーチョ」というのは,火球で攻撃するメラ系と竜巻で攻撃するバギ系でそれぞれ最強の呪文で,第9作で新たに加わりました。
frizzもfrizzleも実在する英語の擬音語で,ジュージューと揚げたり炒めたりする音を感じさせます。frizzleのほうが語尾にlの音が加わるので,呪文の強度が上がる訳です。そして,このfrizzとfrizzleの語頭にkaを付したのが,kafrizzとkafrizzleです。
wooshとswooshもまた、既成の擬音語で,ともにヒューッと風音を立てて素早く動くイメージがあります。ちなみに,ナイキのロゴはswooshと呼ばれています。
このswooshにkaとleを足してできるのがkaswooshとkaswooshleです。
英訳版においても,日本語オリジナルにおける呪文作成のストラテジーが踏襲されています。つまり,オノマトペを利用したことで,呪文の意味についてだいたいの見当はつくものの,そのものズバリの意味が分かることは回避しています。呪文に必要な難解性(非日常性)を少しでも残しておくためです。そして,語尾と語頭にkaやleが加えられると,発音に時間がかかる分だけ呪文の強度が上がる。そうすることで,ゲームの呪文に必要なわかりやすさ(操作性)を確保しているのです。
一方,オリジナルと英語訳では,異なる点もあります。
日本語のオリジナルは既存のオノマトペに近い音(「メラメラ」に対する「メラ」,および「バキッ」に対する「バギ」)を導入することで,イメージはだいたい分かるが,さりとて明示的に意味が表示されるわけではない,という(英訳版よりもさらに)微妙な印象を可能にしていました。これは,オノマトペの生産性が高く新奇な擬音語擬態語も受け入れてしまう,そんな日本語の特徴を生かしたものです。
英語は日本語ほどオノマトペが豊富なわけではありません。したがって,既存の語彙をそのまま使うという,もう少しわかりやすい方法をとったわけです。
ハリポタの呪文の翻訳でもそうでしたが,翻訳はしばしばわかりやすさを重視します。ホイミ系呪文の翻訳がその最たる例でしょう。第9作では6種類の呪文があります。
(37) a. ホイミ/ベホイミ/ベホイム/ベホマ/ベホマラー/ベホマズン b. heal / midheal / moreheal / fullheal / multiheal / omniheal
「休み」の「休」を「イ」と「ホ」に分解して順序変更といった,凝ったことば遊びは翻訳しようもありません。休みを表しそうな擬態語もない。そこで単純にheal(治す,癒す)という動詞を軸に据えました。付け加えたmid-, more, full, multi-, omni-もすべて既存の語(形態素)です。(37b)を直訳すると「癒し」「中癒し」「より癒し」「完全癒し」「多数癒し」「全員癒し」といったふうです。うまく訳し分けていますが,ちょっとあからさまですね。