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曲のエピソード
ご存じのように、英語圏の国やそのアーティストの出身国では全くヒットしなかった曲が、日本で突発的に大ヒットする事例が過去に何度もあった。筆者の記憶に新しいのは、ダイアナ・ロス(Diana Ross/1944-)の地味な曲「If We Hold On Together」(1991)。本国アメリカよりも、ダイアナはイギリスでの人気が根強かったためか、全英チャートではNo.11を記録するも、アメリカでは箸にも棒にも掛からなかった。ところが、日本ではいわゆるトレンディ・ドラマ(←死語)のテーマ曲に使われたそうで(筆者は同ドラマを一度も見たことがない)、その効果で時ならぬ大ヒットを記録。当時のレコード会社の担当ディレクター氏から聞いた話によると、日本国内だけで同曲のCDシングルが10万枚以上(!)も売れたそうである。当時、洋楽ナンバーのCDシングルは1万枚売れれば大ヒット、と言われていた時代だから、「If We Hold On Together」が如何に多くの日本人に好かれたかがお判り頂けると思う。個人的には、彼女の他の大ヒット曲に較べると、実につまらない曲だと思うのだが……(苦笑)。
そしてジグソーの「Sky High」である。筆者はある時期、この曲を毎日“聴かされ”た。と言うのも、中1の時、放送部に所属していた先輩(女性)が給食時間になると、来る日も来る日もこの曲のシングル盤をお昼の放送と称して流していたから。当時から輸入盤レコードを好んで買っていた筆者は、そのほとんどに歌詞カードが付随していないことに不満を持ち、せっせと聞き取りの真似事をしていたので、単純明快な「Sky High」を毎日毎日しつこく聴かされているうちに、自然と歌詞を覚えてしまった。歌詞のみに着目すれば、これまた実につまらない曲である。しかしながら、インパクト大のイントロ、そしていやが上にも盛り上がってしまうサビの部分は、一度耳にしたら決して忘れられない。そのことが、多くの日本人の心を捉えたのでは、と、当時は勝手に解釈し、先述の“日本で突発的大ヒットを記録した洋楽ナンバー”だとずっと思い込んでしまっていた。また、クラスメイトの男子たちから、プロレスラーのミル・マスカラスがリングに登場する際のBGMだと教えられていたので、“女に捨てられた惨めな男の歌”をわざわざ使用する意図が全く解らなかった。ところが後年、全米、全英の両チャートでも大ヒットしているということを知り、驚愕してしまった。筆者は何をおいてもまず歌詞に着目してしまう癖がある。が、今にして思えば、当時の英語圏の人々、そして日本人とマスカラス氏にとっては、歌詞などどうでもよかったのだろう。日本以外でも、ノリ一発で大ヒットする洋楽ナンバーもあるのだなあ、と、妙に感心してしまった次第である。
ジグソーは、イングランドで結成された4人組のバンドだが(既に1名が物故者)、筆者は「Sky High」以外の彼らの曲を聴いたことがない。が、ここへきて、またしつこくシングル盤を収集しているので、ついでだからと(?)同曲の日本盤シングルを中古で入手した。ああ、これだ! 中学時代に先輩が毎日毎日このシングル盤を手に、お昼時に放送室へ通っていたのだ。仕事部屋のターンテイブルで大音量で聴いてみたところ、思わず最初から最後まで歌い倒してしまった。そして筆者は叫ぶ。「あー、バッカじゃないの? この男(=曲の主人公)!!!」。イントロ&サウンドの大仰さと歌詞がこんなにも乖離しているという点では、本連載第47回で採り上げた、エイジアの「Only Time Will Tell(邦題:時へのロマン)」(1982)といい勝負である。
歌詞の内容とまるで関係ないジャケ写だが、オーストラリア&香港合作映画『THE MAN FROM HONG KONG(別名THE DRAGON FLIES、邦題:スカイ・ハイ/この曲の大ヒットを受けて映画会社が付けた邦題に間違いない)』(1975)の劇中歌に使われたらしいので(日本盤シングルのジャケ写に“オリジナル・サウンド・トラック”とある)、同映画の当時のポスターに写っている、巨大カイト(笑)を背中に背負ったスカイダイヴァーの裏焼き(もしくは合成?)写真がちゃっかり用いられているというわけ。昔はこうしたその場しのぎ的な洋楽ナンバーのジャケ写がいくらでもあったものである。ほのぼのとした、いい時代だった。尚、「Sky High」の日本盤シングルは、探しに行ったその日のうちに某中古レコード店であっさりと見つかった。当時、いかに日本でもプレス枚数が多かったかがうかがい知れる。
曲の要旨
俺はお前に愛を捧げた。俺たちふたりの愛は最高の高みまで昇華されたと思い込んでいたし、俺はお前に全てを与えたつもりだ。なのに何故にふたりの関係にピリオドが打たれなきゃならなかったんだい? 悪いのは俺じゃない。俺の真心を裏切ったお前がふたりの愛を滅茶苦茶にしてしまったんだ。ふたりなら、もっともっと深く愛を育んでいけると思っていたのに…。お前がそれを台無しにしてしまったんだよ。
1975年の主な出来事
アメリカ: | ウォーターゲート事件の裁判で判決が下る。 |
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日本: | 沖縄県の本土復帰を記念する沖縄国際海洋博覧会が開幕。 |
世界: | イギリス保守党がマーガレット・サッチャー(同党初の女性党首)を選出。 |
1975年の主なヒット曲
Please Mr. Postman/カーペンターズ
Best of My Love/イーグルス
Black Water/ドゥービー・ブラザーズ
Lady Marmalade/ラベル
Love Will Keep Us Together/キャプテン&テニール
Sky Highのキーワード&フレーズ
(a) make it to the top
(b) blow it all sky high
(c) could have touched the sky
それにしても大仰なイントロである。それに反して、この惨めったらしい歌詞はどうだろう? ヘナヘナと腰から砕け落ちてしまいそうだ。ところが、これがいつまで経っても頭から離れないから困るのである(苦笑)。曲のエピソードにも記したが、筆者は耳にタコどころか、頭の中を「Sky High」のメリーゴーランドが永遠リピートで回り続けるのでは、と恐怖におののくほど中1の時にこれを聴かされたので、正直に言って、もう一生、この曲を聴きたくなかった。筆者には、“一生、聴き続けたい”と思う曲と同じぐらい“二度と聴きたくない”曲も山ほどあるが、「Sky High」は間違いなく後者だった。否、だったはずなのだが…。
今回、約40年ぶりにこの曲の日本盤シングルを手にしてみて(そしてうっかり買ってしまって)、“二度と聴きたくない”という思いよりも、“懐かしい”というそれが優ってしまった。そして、ターンテイブルでくるくる回して聴いているうちに、自然と身体が動いてしまうのだ。もう一度くり返すが、困ったものである。それほど、この曲のインパクトは絶大だった。仮に、この曲に、サウンドに見合ったドラマティックな歌詞が施されていたなら、筆者は間違いなく当時シングル盤を新品で購入していたと思う。中1だった筆者が最初に“この曲はみじめな男の歌だ”と気付くに至ったのは、(a)のフレーズ。“make it”は「やり遂げる」という意味のイディオムで、“to the top”は読んで字の如く「極みまで、最高限まで」という意味。つまり女に捨てられた曲の主人公は、「ふたりの愛が最高の高みまで達したと信じ込んで」いたのである。なのに女はあっさりと男を捨てた。それを高らかに(ここ、タイトルとの掛詞になってます)歌われても…。しかも、お気づきだろうが、リード・ヴォーカル兼ドラムス担当のデズモンド・ダイヤー(Desmond Dyer/ステージ・ネームはDes Dyer/1948-)が、実に楽しげに歌っているのである。エイジアの「Only Time Will Tell」のヴォーカルは恨みをタップリと含んでいたが、「Sky High」は別の意味で“空まで舞い上がりそうなほど有頂天になって”歌っているように聞こえる。ううん……困ったものである。
歌詞は至って単純明快。ただ、この原題にはひとつ誤りが……。それは、タイトルが副詞であり、正しくは“sky-high(=空高く、熱烈に)”と、単語と単語の間にハイフンが入る。そしてサビの部分で歌われる(b)は、“blow sky-high”というれっきとしたイディオムで、その意味は、「破壊し尽くす、とことん滅茶苦茶にする」と、ミもフタもない。ああ、女の裏切りのせいで、ふたりの愛がガラガラと音を立てて崩れていく…。しかし、こうも楽しげに(そして爽やかに)歌われては、同情する気にもなれない。
(c)は、洋楽ナンバーの歌詞に頻出する“could + have 〜(=〜できたはずだ、〜できたかも知れない)”という、実現されなかった事象を表す場合の言い回し。だいたい、男にしろ女にしろ、失恋の歌には、「〜できたはずなのに(そうはならなかたった)」、「〜できたかも知れないのに(そうできなかった)」という言い回しが必ずといっていいほど登場し、とりわけ男性シンガーによる失恋ソングのそれは惨めったらしく聞こえてしまう。ところが、この「Sky High」では、何だか「ホントはふたりの愛は最高限まで達したんじゃないの?!」と聴く側に思わせるように歌われているのだ(実際はそうじゃないのに!)。筆者は、これほどあっかるい“could + have 〜”を、他の洋楽ナンバーで聴いた記憶がない。
「もう二度と聴きたくない」と思う曲を数十年ぶりに聴いてみる――その行為が、懐かしさを醸し出すということを、この「Sky High」によって筆者は初めて知った。今日も大声でシングル盤に合わせて歌ってみたくなるような、そんな年の瀬である。