地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第190回 大橋敦夫さん:若手経営者の方言選択(長野市)

筆者:
2012年2月25日

長野市内で、店名に方言を用いた例が目立ちはじめました。

まずは、JR長野駅を出て、すぐの所に、ランチから営業の居酒屋 NaKaRa。

(画像はクリックで全体表示)

【NaKaRaの箸袋】
【NaKaRaの箸袋】

おしゃれなローマ字表記にお店の工夫が感じられますが、「なから」は、[だいたい、おおよそ、ほぼ]を意味します。「なからできた」[だいたいできた]のように使います。『枕草子』にも、用例のある語ですが、ここ信州では、老若問わず、現在も日常語です。

さらに、北に向かうと、信州を代表する郷土食の一つ、蕎麦の名店に行き当たります。

【あんきの暖簾】
【あんきの暖簾】

「あんき」は、[安心]を意味し、「子どもしつけちゃったから(一人前にしたから)あんきだよ」のように使います。

長野県下全域で使われていた語ですが、若者たちは、ほとんど使わなくなっています。そのせいか、お会計の際に、店名について尋ねられることも多いそうです。県外の方は、その意味を知って安堵し、県内の方は、「そう言えばおばあちゃんが使っていた」と懐かしがられるとか。レジで、もうひと押し、方言を話題に、お客様とのコミュニケーションがはかられています。

さらにさらに足をのばすと、農産物・菓子・パン・雑貨を販売している「SlowCAFE ずくなし」が。

【ずくなしの看板】
【ずくなしの看板】

「ずくなし」は、[怠け者・ものぐさ・活力がない]などを意味し、これも信州人の日常語で、自ら方言と自覚して使っている語でもあります。

なお、「ずく」については、この連載の第5回第55回でも扱われています。

3店舗とも、創業の意欲に燃える若手経営者のお店という点が共通しています。また、お客様をお迎えするという立場から、感情表現に関する語を選んでいる点がポイントとなっています。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 大橋 敦夫(おおはし・あつお)

上田女子短期大学総合文化学科教授。上智大学国文学科、同大学院国文学博士課程単位取得退学。
専攻は国語史。近代日本語の歴史に興味を持ち、「外から見た日本語」の特質をテーマに、日本語教育に取り組む。共著に『新版文章構成法』(東海大学出版会)、監修したものに『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社)、『今さら聞けない! 正しい日本語の使い方【総まとめ編】』(永岡書店)がある。

大橋敦夫先生監修の本

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。