これまで全国各地で方言湯呑み(ゆのみ)を見つけると見過ごすことができなくて購入し、持ち帰って箱に入れて保存していました。特に最近では地震が頻発していることから陳列することもできず、日の目をみることのなかった湯呑みですが久しぶりに取り出してみました。かなり集まったと思っていましたが地域が重複していたり、まったく同じ湯呑みを2個買ったりしていることがわかり、ちょっとがっかりしました。
(写真はクリックで拡大表示します)
集まった湯呑みは、重複を省いて全部で19個、北海道から沖縄に至る19地域でした。じっと観察していると、いくつかのことがわかりました。まず、表記法で縦書きと横書きでは、縦書き型が多く73%(14:数字は湯呑みの件数)、あとは、縦・横書き型、縦・横・ななめ書き型(ななめは旗に書かれたようなもので基本的に縦書き)、横・ななめ書き型の4種でした。横・ななめ書き型というのは、大阪弁湯呑み【写真1】と土佐弁湯のみ(表記どおり)です。大阪弁湯呑みのトップに書かれている横綱の方言は、さっぱりわやや(全くだめです)、あきまへんわ(だめです)で、大阪文化のへりくだり表現と考えられます。
湯呑みに共通していることは、ほとんどの方言形がひらがなで表記されていることです。つまり、音声をひらがなに置き換えて書いていることになります。ただし、沖縄と奄美大島は、カタカナで表記されています【写真2(左)】。沖縄地方では、方言に対するイメージとカタカナとが結びつく理由があるのでしょう。標準語訳は、ひらがな・漢字まじりです。方言がひらがな表記のみで、標準語訳がひらがな・漢字まじりが57%(11件)を占めています。また、AMAKUSA NO HOUGENなどと表題をローマ字表記している地域があります【写真2(右)】。例が長崎、天草などに見られることから、織田、豊臣時代のキリスト教布教当時のバテレン(ポルトガル語のパードレpadre)のイメージを伝えようとしたのでしょう。
方言の意味は、標準語と表記されている場合と、そのまま下に訳が書かれている場合とにわかれます。語彙としては、父母、兄弟、嫁、息子、娘など家族の名称を湯呑みの正面筆頭にあげている例が多いです【写真3(左)】。湯呑み番付で家族名称が横綱級なのは、特に青森、岩手などの東北地方です。地域によっては家族同様に大切なべこ(牛・会津)があげられています。「チュラカーギー(美人・沖縄)」、「よかにせ(ハンサム・沖縄)」、「めんこい(かわいい・北海道)」、「のんのか(きれい・長崎)」などのほめことばや、「やっきり(腹が立つ・静岡)」「アグマサ(ねむたい・奄美大島)」など気持ちの吐露に使うことばもあります。
今回は、湯呑みの正面(方言番付で横綱と呼ばれる)のことばを中心に述べましたが、全体を見るとまた新しい発見があるかもしれません。方言湯呑みをお持ちのかたのご意見をお寄せください。各地のお茶を持ち寄って、方言湯呑みでお茶を楽しむ会があってもいいですね。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。