タイプライターに魅せられた女たち・第97回

メアリー・オール(6)

筆者:
2013年9月12日

しかし、1890年7月に制定されたシャーマン反トラスト法は、そのような会社合併を明確に禁じていました。しかも、シャーマン反トラスト法によれば、会社間での契約すら、何らかの形で取引を制限する場合には、違法だと認定できるようになっていました。つまり、各タイプライター会社は、あくまで独立した経営を保たなければいけないし、会社間で価格維持のための契約を結んだりすると、その契約すら違法となるのです。そんな法律のもとで、タイプライター会社を合併あるいは合同させるなど、不可能なことのように見えました。

しかし、ファウラーには策がありました。持株会社の設立です。つまり、全てのタイプライター会社に対して、各会社の株の半分以上を、新しく設立する持株会社が取得します。各タイプライター会社は、あくまで独立した経営を保ち続けるので、シャーマン反トラスト法には抵触しません。もし、タイプライター会社のどれかが、持株会社の意向にそぐわない経営をおこなえば、次の株主総会で、そのタイプライター会社の社長を、持株会社の言うことをきく社長に入れ替えてしまうのです。それは、株主として当然の権利ですから、持株会社とタイプライター会社の間には、特に何の契約も必要としないわけです。持株会社の設立は、州によっては違法なのですが、少なくともニュージャージー州では合法なので、持株会社の本社は、ニュージャージー州に置くことにすればいいわけです。

この準備として、シーマンズたちは、レミントン・スタンダード・タイプライター社を1892年1月11日で解散し、それまでの同社の株を、全てウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社に転換しました。さらに5月26日には、新たなレミントン・スタンダード・タイプライター社を設立し、新規に株を発行しました。オール女史は、これらの手続に必要な書類をタイピングし続け、結果的に、新たな会社の秘書室を兼務することになりました。一方ファウラーは、アメリカン・ライティング・マシン社などの株を集めるべく、各社の大株主と手筈を整えていきました。デンスモア・タイプライター社、ヨスト・タイプライター社、スミス・プレミア社については、交渉が進んでいましたが、ハモンド・タイプライター社に関しては、あまりうまくまとまりませんでした。

1893年3月30日、タイプライター5社(「Remington」「Caligraph」「Densmore」「Yost」「Smith Premier」)を傘下に収める持株会社として、ユニオン・タイプライター社が設立されました。登記はニュージャージー州トレントンでおこなわれましたが、実質的な本社機能は、ニューヨークのブロードウェイ327番地、すなわちウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社が担うことになりました。初代社長にはシーマンズが就任し、副社長はファウラー、オール女史はここでも秘書室を兼務することになりました。

メアリー・オール(7)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。