その後もオール女史は、「Remington Standard Type-Writer No.2」を宣伝すべく、アメリカ各地で実演を繰り返していました。しかし「Caligraph No.2」との対決には、なかなか至りません。一計を案じたマクレインは、タイピングの宣伝本を企画することにしました。『Typewriter Speed and How to Acquire It』と題されたこの宣伝本は、「Bar-Lock」「Caligraph」「Crandall」「Densmore」「Franklin」「Hammond」「National」「Remington」「Smith Premier」「Yost」の各タイプライター会社に対し、広告を掲載すると同時に、各タイプライターを代表するタイピストに原稿を依頼していました。宣伝本の巻頭を飾ったのは、もちろんオール女史です。
指使いに関して。私の意見では、各オペレータにとって、それぞれ、もっとも自然だと思える方法を採用すればよい、と思うのです。両手の指一本ずつでなければ、落ち着いて打てないし正確さにも欠ける、というオペレータもいるでしょう。大半のオペレータは、両手の指を二本ずつ使います。三本指のオペレータも増えてきましたが、四本指のエキスパートは少数です。四本の指を使うオペレータは、まだまだ少ししかいないのです。言うまでもなく小指は、他の指に比べ、ストロークの強さを欠いていて、特に女性オペレータにとっては、小指の使用は、ほとんど問題外だからです。
もちろん、私としては、オペレータに自信があるなら、できるだけ多くの指を使うことを推奨します。それは、エネルギーの節約になるからです。1分間や5分間の短いスピード・テストでは、一本指だろうが、それよりたくさんの指を使おうが、大したスピードの差は出ません。しかし、まる一日分の仕事というスピード・テストにおいては、より多くの指を使った方が、最小の労力で最大の成果へと近づくことになるのです。
この頃、オール女史の勤めるウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社では、キナ臭い雰囲気が漂いはじめていました。ファウラー(Charles Newell Fowler)という人物が出入りするようになり、社長のウィックオフ(William Ozmun Wyckoff)や、副社長のベネディクト(Henry Harper Benedict)、シーマンズ(Clarence Walker Seamans)あるいはマクレインと、密談を重ねていました。オール女史も、タイピストとして、契約書や必要書類の作成をおこなっていました。彼らは、子会社のレミントン・スタンダード・タイプライター社を、「Caligraph No.2」のアメリカン・ライティング・マシン社と、合併させる方法を模索していました。加えて、デンスモア・タイプライター社、ハモンド・タイプライター社、スミス・プレミア社、ヨスト・タイプライター社も合併させることで、タイプライター業界の独占を狙っていたのです。独占によって、ファウラーは株価の吊り上げを、ベネディクトやシーマンズはタイプライター価格の吊り上げを、それぞれ狙っていました。
(メアリー・オール(6)に続く)