タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(77):Empire Typewriter

筆者:
2020年3月12日
『Reporters' Magazine』1896年6月号
『Reporters' Magazine』1896年6月号

「Empire Typewriter」は、ロンドンのエンパイア・タイプライター・シンジケート社が1896年頃に発売したタイプライターです。コルビー(Charles Carroll Colby)率いるエンパイア・タイプライター・シンジケート社は、カナダのモントリオールに生産拠点を持っていました。コルビーは、アメリカのニューヨーク州プラッツバーグでは、ウィリアムズ・マニュファクチャリング社という別会社を経営していて、そちらでは「Wellington No.2」という名称で生産・販売していました。

「Empire Typewriter」の特徴は、スラスト・アクションと呼ばれる印字機構にあります。各キーを押すと、対応する活字棒が、まっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出した活字棒は、紙の前面に印字をおこないます。これがスラスト・アクションという印字機構で、打った瞬間の文字を、オペレータが即座に見ることができるのです。

活字棒は28本あって、それぞれの活字棒には、活字が上下に3つずつ埋め込まれています。上の活字は小文字、真ん中の活字は大文字、下の活字は数字や記号となっています。キーボード左下端の外側にある「Caps」を押し下げると、プラテンが沈んで、大文字が印字されるようになります。そのさらに左側にある「Figs」を押し下げると、プラテンがさらに沈んで、数字や記号が印字されるようになります。

「Empire Typewriter」のキーボードは、基本的にはQWERTY配列ですが、「V」と「B」の間に、逆T字形のスペースキーが入り込んでいます。上の広告の「Empire Typewriter」では、キーボード上段は、小文字側にqwertyuiopが、大文字側にQWERTYUIOPが、記号側に1234567890が並んでいます。キーボード中段は、小文字側にasdfghjkl,が、大文字側にASDFGHJKL,が、記号側に£$¢"?@-%&,が並んでいます。キーボード下段は、小文字側にzxcvbnm.が、大文字側にZXCVBNM.が、記号側に()/:';_.が並んでいます。28本の活字棒に、それぞれ3種類の活字が埋め込まれているので、最大84種類の文字を印字可能なのですが、コンマとピリオドがダブっているため、80種類となっているのです。

「Empire Typewriter」のスラスト・アクションは、当時としては画期的な印字機構だったものの、非常に故障が多く、頻繁にメンテナンスを必要としました。コルビーは、発明者のキダー(Wellington Parker Kidder)とともに、さらなる改良を進めますが、販売面では、かなり苦戦していたようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。