●歌詞はこちら
//www.lyricsfreak.com/g/grandmaster+flash/the+message_20062225.html
曲のエピソード
ヒップ・ホップ・カルチャー黎明期を俗に“オールド・スクール時代”と呼ぶが、1979年を同カルチャーの幕開けの年と考えると、その1年前に結成していたグランドマスター・フラッシュ&ザ・フューリアス・ファイヴはオールド・スクール時代の礎を築いたグループのひとつであると言っていい。楽しいパーティ・ラップから、今回取り上げたメッセージ・ラップまで、多種多様な曲でヒップ・ホップ・カルチャー黎明期を彩ってくれたのが彼らである。また、DJであり中心人物でもあるグランドマスター・フラッシュがヒップ・ホップのアーティストとして初めてロックの殿堂入りを果たしたことにもうなずける(2007年1月にロックの殿堂入り)。
この曲は彼らにとっての最大ヒット曲で、全米チャートでこそNo.62だったものの(それでも当時ラップ・ナンバーがHOT100入りすることは快挙だった)、R&BチャートではNo.4、そして全英チャートではトップ10入りのNo.8を記録している。更に言えば、ラップ・ナンバーのプロモーション・ヴィデオがまだ珍しかった当時、この曲はブロンクス(バルバドス生まれのグランドマスター・フラッシュが育った場所)の廃墟で撮影され、当時のゲットーの光景を収めた貴重な映像となっている。
ラップ・ナンバーはその誕生期からダンス・フロア向けの明るいナンバーと、この曲のようにゲットーやアフリカン・アメリカンの人々が抱える問題を赤裸々にライム(=ラップの歌詞)に綴ったものに大別されるが(後に更に様々なサブジェクト=テーマを持つライムが続々と生まれた)、この曲は、タイトルが示すように、彼らがリスナーたちに突きつけた“メッセージ”そのものである。ライムの内容は悲惨だが、現代のように世界中の情報が瞬時にして判る時代ではなかったため、この曲はゲットーの現実を活写した1曲として、筆者にとっては忘れ難いものとなった。
曲の要旨
このジャングルのような場所で、どうやって落ちこぼれないように生き抜こうかと、そればかり考えている。街は荒れ果て、異臭が漂っていても、誰もそのことを意に介さない。バットを持ったジャンキーはそこいらをウロウロしてるし、俺はこの場所から逃げたくてたまらない。もうこれ以上、俺を追い詰めないでくれ。ただでさえ今にもおかしくなりそうなんだから。ゲットー育ちは世間からつまはじきにされるんだ。高校をドロップアウトして、職にありつけなかった奴が死んだよ。どうしてそんなに生き急いだんだい? ここはジャングルそのもの。俺も何とか正気を保とうと必死になってるんだ。
1982年の主な出来事
アメリカ: | 第40代大統領のロナルド・レーガンによる経済政策(いわゆるReaganomics)が失敗に終わり、インフレが進み失業率が11パーセントに達する。 |
---|---|
日本: | 東京のホテルニュージャパンで火災が発生、死傷者が67人にのぼる大惨事に。 |
世界: | 3月にフォークランド紛争が勃発(同年6月に終結)。 |
1982年の主なヒット曲
I Can’t Go For That/ダリル・ホール&ジョン・オーツ
Keep The Fire Burnin’/REOスピードワゴン
Hold Me/フリートウッド・マック
Get Down On It/クール&ザ・ギャング
The Girl Is Mine/マイケル・ジャクソン&ポール・マッカートニー
The Messageのキーワード&フレーズ
(a) jungle
(b) lose one’s head
(c) What’s up, money?
この曲をオン・タイムで聴いた時の衝撃は未だに忘れられない。当時、アフリカン・アメリカンの人々の情況を知りたくて様々な関連本を読んだものだが、その大半が公民権運動時代前後の時代に限定されており、“現在の”情況を伝えてくれるものがほとんどなかった。そんな時に出逢ったのがラップ・ミュージックである。ハードコアなメッセージ・ラップで知られるパブリック・エネミーのリーダー、チャックDは「ラップ・ミュージックはブラック版CNNである」という名言を残しているが、まさにラップ・ミュージックは筆者にとってアフリカン・アメリカンの人々が置かれた現状を伝えてくれるニュースそのものだった。
(a)が“ghetto”を意味するスラングだということを知ったのは高校時代だが、この曲では“まるで(ゲットーは)ジャングルのよう”とラップされている。“jungle=ghetto”というスラングを踏まえて、敢えて主語が“It”になっているのだな、と、初めて聴いた時にピンときたものだ。確か1990年代初期のことだと記憶しているが、ハーレムでは日本人観光客たちに人気のバス・ツアーが企画された。すなわち、バスから降りることなく、車窓からハーレムの街並みを見物するという観光ツアーなのだが、車窓から街ゆく人々を無遠慮にカメラに収める人々に向かって、「俺たちは動物園の動物じゃないんだぞ!」と激昂した地元民がいたというニュースを、当時、耳にしたことがある。そのニュースに触れた時、この曲の最初のフレーズがすぐさま頭に浮かんだのは言うまでもない。その後、そのバス・ツアーが廃止されたかどうかは判らないが、もし自分がハーレムの住人だったなら、やはりいい気持ちはしないだろう。
(b)は辞書の“head”の項目に載っているイディオムで、意味は「命を失う、首を切られる、自分を見失う、取り乱す」など。ここでは「自分を見失う」の意味で使われているが、筆者はそれ以上に強い意味合いを読み取ってしまう。言い換えるなら――
♪go crazy
♪go insane
「自分を見失う=(頭が)どうにかなってしまう」、というふうに。それほどこの曲は強烈な“メッセージ”に満ちている。
(c)は一時期、流行した挨拶のひとつで、“money”は「お金」ではなく相手への呼び掛け。言い換えるなら次のようになる。
♪What’s up, man?
最近ではあまり見聞きしなくなったが、一時期、ライムやR&Bの歌詞、ブラック・ムーヴィのセリフで耳にする機会が多かった。挨拶の言い回しにもはやりすたりがある。
今ではすっかり音楽の一ジャンルとして定着したラップ・ミュージックだが、この曲がリリースされた1982年は、その音楽の存在すら広く知られていなかった。しかしながら、ヒップ・ホップ・カルチャーを語る時、この曲は決して外せない。少なくとも、筆者が生まれて初めて聴いた“ブラック版CNN”的曲がこれだった。