・ホテル内
ホテル内では、当然のことながら外国人を意識した多言語表示がたくさん目に触れる。
「非常待 案内圖」(内は新字体、最後の字は図の旧字体)には、中国語と日本語も書かれている。英語も、スペルミスもあるが記されている。ただ、「非常柔道等」とは突飛だ(写真)。発音が同じ漢字を思い浮かべると「非常誘導灯」ではなかろうか。また、そこにある「部屋火門」は、やはりハングル「방화문」と対照すると「防火門」(門は扉)が正解であろう。「房」(bang)は部屋のことで、「防」と同音だ(ついでにいうと防火も放火もハングルでは同じとなる)。上に書かれている「頑強期」も怪しい。せめて「期」は「機」か「器」ではなかろうか。留学生の方は、同音の「緩降機」だろうとのこと。
これらは、誤って同音の別の語に直訳してしまった結果で、何人にも通じまい。人命がかかっているだけに、海外のおかしな日本語とは区別が必要だろう。これでは、むしろ最近のWEB上の翻訳ソフトの方が正確かもしれない。日本人の当て字は、しゃれで生み出されることが多く、誤変換も公的な媒体では稀であり、漢字の運用状況に大きな違いが感じられる。
日本語の表示には、ほかにも「お客樣」のように旧字体が混じっている。室内のアンケートにもあった。韓国で稀に使われる漢字のフォントの字体・字形がつい出ているのだろう。「」も明朝体に見られ、そこにも活字書体・フォントの影響も見て取れる。「図」という日本的な略字などは国構えの中の点々の長さ・角度がどこか違って感じられるほか、その下の「メ」の部分が「乂」のようにデザインされていて、なにやら違和感が残る。
「宿泊約款」は、韓国語だが、漢字ハングル交じり表記だ。漢字は、なぜか日本式の字体になっているのだが、「境遇」など、日韓で語義が異なるいわゆる同形語の存在がかえって際立っている。韓国語では「境遇」は「場合」という意味で用いられている。筆談は、誤解の元になりかねない。
韓国語によるクリーニングのサービス票のハングル表記の箇所にも、末尾に「(長)」「(短)」のように、漢字が記号的な使われ方で現れることがあった。このくらいのものではあっても、やはりベトナムよりは漢字が残っているといえる。
「換氣口」(氣は日本でも看板に見かける。気)には、「(開)」「(閉)」とある。後2者の漢字1字は、やはり記号的な存在だ。どこの国の人に向けた表示だろうか。漢字で書いておけば、日本人も中国、台湾、香港など東アジアのお客さんも読める、きっと意味が伝わるだろうという漠然とした意図が感じられる。韓国でも近頃、漢字塾や検定が並立するほどの「漢字ブーム」が起こっているのだが、それは中国語や日本語をマスターすることが就職につながるためなのだと聞く。
韓国内の社名は、漢字で隷書体風で記されていることがしばしばある。そこでは、ハングルが併記されていないものがほとんどだ。辛うじて、ロゴマークやURL、メールアドレスが、ローマ字で読みを示唆することがある。店名の状況と異なっている原因は、毎日読んで、発音してもらう必要度の差だけだろうか。伝統が信頼感につながるのは、日本の新聞社にしばしば見られる麗麗しいロゴなどとも共通するものだろう。電車の車体、エレベーター、エスカレーターなどに記された会社名でも、日韓でそれは同様だった(写真)。