タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(76):Royal Electress

筆者:
2020年2月27日
『Life』1964年11月6日号
『Life』1964年11月6日号

「Royal Electress」は、ロイヤル・マクビー社が1962年に発売した電動タイプライターです。電動タイプライターではあるものの、印字機構そのものはフロントストライク式です。プラテンの手前には、43本の活字棒(type arm)が扇状に配置されていて、各キーを押すと、対応する活字棒が電動でプラテンの前面を叩き、印字がおこなわれます。ただし、複数のキーを同時に押しても、活字棒は1本だけしか動かず、ジャミングは避けられるようになっていました。活字棒の先には、それぞれ2種類の活字が埋め込まれており、キーボード両端の「SHIFT」キーを押すと、活字棒全体が電動で下に沈んで、大文字が印字されるようになります。「SHIFT」キーを離すと、活字棒全体が上に戻って、小文字が印字されるようになります。左の「SHIFT」キーのすぐ上には「SHIFT LOCK」キーがあって、活字棒全体を沈みっぱなしにすることもできます。キーボードの右端には「RETURN」キーがあり、電動でプラテンを戻すと同時に改行をおこなう仕掛けになっていました。

タビュレーション機構も、もちろん電動です。フロントパネル右側の「TAB SET」ボタンを押すことで、現在位置にタブ・カラムを設定できるのです。設定したタブ・カラムへの移動は、キーボード上段右端の「TAB」キーでおこないます。逆に設定したタブ・カラムを解除するのは、フロントパネル左側「TAB CLEAR」ボタンです。端的には「TAB SET」と「TAB CLEAR」で、複数のタブ・カラムをその場その場で、自由に追加・解除できるのです。ちなみに、全てのタブ・カラムを解除するには、「TAB CLEAR」を押しっぱなしにしながら、「TAB」キーを解除すべき回数だけ押す、という操作で可能となっています。

「Royal Electress」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボードの最上段は、大文字側に@#$%¢&*()_が、小文字側に234567890-が並んでおり、右端に「TAB」キーがあります。「2」のシフト側が「@」なのが特徴的です。次の段は、左端に「BACK SPACE」キーがあって、大文字側にQWERTYUIOP¼+が、小文字側にqwertyuiop½=が並んでおり、右端に「MAR REL」(マージン・リリース)キーがあります。次の段は、左端に「SHIFT LOCK」キーがあって、大文字側にASDFGHJKL:"が、小文字側にasdfghjkl;'が並んでおり、右端に「RETURN」キーがあります。最下段は両端に「SHIFT」キーがあって、大文字側にZXCVBNM,.?が、小文字側にzxcvbnm,./が並んでいます。数字の「1」は、小文字の「l」で代用することが想定されていたようです。ちなみに、キーボードの左側にあるダイヤルは電源スイッチ、右側にあるダイヤルは印字の濃さを調節します。

「Royal Electress」というブランド名は、直訳すると、王家出身の選挙侯の妻を意味します。ただし、政治的あるいは宗教的意図は無く、単にelectricとmistressを合わせた造語だ、ということになっていたようです。女性向けのキータッチが軽い電動タイプライターを、「Royal Electress」は目指していたのです。

『Nation's Bussiness』1964年4月号
『Nation's Bussiness』1964年4月号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。