タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(64):Garbell Portable No.1

筆者:
2019年9月5日
『Typewriter Topics』1919年11月号
『Typewriter Topics』1919年11月号

「Garbell Portable No.1」は、ガーベル(Max Garbell)率いるガーベル・タイプライター社が、1919年に発売したタイプライターです。上の広告にもあるとおり、高さが4インチ(約10センチメートル)、重さが5ポンド半(約2.5キログラム)の「Garbell Portable No.1」は、当時としては、最も軽量かつコンパクトなタイプライターでした。

「Garbell Portable No.1」の特徴は、スラスト・アクションと呼ばれる印字機構にあります。各キーを押すと、対応する活字棒が、まっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出した活字棒は、紙の前面に印字をおこないます。これがスラスト・アクションという印字機構で、打った瞬間の文字を、オペレータが即座に見ることができるのです。28本の活字棒には、それぞれ活字が上下に3つずつ埋め込まれていて、シフト機構により最大84種類の文字が印字されます。キーボード下段の左右端にある「CAP」キーを押すと、活字棒の先が沈んで、大文字が印字されるようになります。キーボード上段の左右端にある「FIG」キーを押すと、活字棒の先がさらに沈んで、数字や記号が印字されるようになります。左の「FIG」キーのすぐ上にあるのがシフト・ロック・レバーで、「FIG」キーや「CAP」キーを押し下げたままにできるのです。

「Garbell Portable No.1」のキーボードは、上の広告にも見えるとおり、いわゆるQWERTY配列です。キーボードの下段は、左右端に「CAP」キーがあって、小文字側にzxcvbnm,-が、大文字側にZXCVBNM.&が、記号側に()?'":;._が、配置されています。キーボードの中段は、小文字側にasdfghjklが、大文字側にASDFGHJKLが、記号側に@$%*!/¢#^が、配置されています。キーボードの上段は、左右端に「FIG」キーがあって、小文字側にqwertyuiopが、大文字側にQWERTYUIOPが、記号側に1234567890が、配置されています。左の「FIG」キーのすぐ上にはシフト・ロック・レバーが、右の「FIG」キーのすぐ上には「BACK SPACE」キーが、配置されています。28本の活字棒に、それぞれ3種類の活字が埋め込まれているので、最大84種類の文字を印字可能なのですが、ピリオドがダブっているため83種類となっているのです。

「Garbell Portable No.1」は、スラスト・アクションを実現するために、内部機構に歯車を採用していました。歯車の採用は、印字機構をコンパクトにする、という点では非常に良いアイデアだったのですが、その反面、歯車の摩耗によって、活字棒が動かなくなってしまうという問題点を孕んでいました。歯車の強度を上げるべく、ガーベル・タイプライター社は、さらなる改良をおこなう必要があったのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。