・パンフレット
「入國申告書(外國人用)」、ここは漢字が旧字体、いわゆる康煕字典体で使用されている。日本人向けの書式なのだろうか。英語の横にある漢字も旧字体で、言語の面では中国語としては読めないものがありそうだが、韓国語か日本語のいずれを想定しているものなのだろうか(もちろん帰化された方々なども、この書類を使用される)。韓国では、かつては半字と呼ばれるような大胆な略字も生み出されてきたが、独立後は、漢字をたくさん手書きした時代に漢字を公的に採用しなかったので、略字を追認する必要がなかった。シンガポールやマレーシアなどでは公的には簡体字と決めたのだが、現実には繁体字も広がっている。韓国の旧来の字体の使用には、中国人でも繁体字ならば見たことがあって読める、逆に台湾などから来た人には簡体字は読めないことがある、という現実も影響している可能性がある。中国語としてしか読めない文字列では簡体字か繁体字、という原則は見て取れた。
「外国人指紋確認制度による入国審査の手続きに関するご案内」(法務部)は、時代の移ろいを感じさせるものだが、「人指し指」という日本国内ではやや珍しい表記が見られた。
金浦空港に置いてあった「観光苦情申告用ハガキ」(韓國觀光公)には、「韓国苦情申告センター 旅游意申中心」など、日中両方の言語で読めるように表記が併記されている。
パンフレットは、あちこちに置いてある。檀国大学校に設置された伝統服飾の博物館(写真)の名は、隷書体の漢字で印刷されていた。そこの収蔵品の写真の墨跡は、漢字の崩し字だった。篆書体の字が模様のように縫いとられている伝統的な服の写真もあり、各書体が共存しているが、いずれも古風な文字だ。なお、書字方向は、古風に書かれた文字でも左から右へと進むものがほとんどだ。雰囲気作りと、できれば内容も無理なく読み取ってもらいたい、という意識によるのだろうか。韓国における漢字は、漢字教育を十分に受けた年齢層の、位相文字(集団文字)という性質を帯びているという観点を、留学生から示唆された。日本のような、漢字の中に隠れているような位相文字、という細々とした世界とは異なっている。
パンフレットから一歩出てみよう。韓国料理のお店の箸袋には、吉祥句として「壽福康寧」と隷書体で印刷されていた(写真)。日常生活におけるこういう漢字は、ベトナムでは最早見られなくなっていたものだ。ただ、この箸袋の小さめの字の文章のほうは、ハングルだけだった。
・看板
路上にまで挨拶ことばなどが書かれていたが、何といっても旅行者の目に付くのは、街中の看板のたぐいだろう。
韓国人向けの看板に、漢字が使われていることがあった。ただし大抵が店名であり、そのほとんどはハングルと併用されていた。雰囲気作りのための装飾という感が強い。以前、梨花女子大で、日本では看板には漢字がいちばん多い、と話したら非常に驚かれたものだ。韓国語に慣れない日本人旅行者は、何か似た風景の中で、ハングル酔いを起こすと聞くこともあった。
日本人向けの看板は、設置されていない施設もある。一方、中国人向けのものは比較的多く、中国語看板は簡体字、繁体字ともに見かける。ただ、繁体字の方が簡体字よりもやや多いかと思われた。かつては中国よりも台湾との交流が深かったことと関連するのだろうか。
함흥냉면(ハングル hamheungnaengmyeon 咸興冷麺)屋
写真。「屋」の用法は、日本的なもののようだ。日本では逆に「大阪や」のように「屋」だけがひらがなとなる屋号が多い。
この冷麺には、温かいもの(オンミョン)もあるそうだ。冷麺は日本の韓国料理店のそれと異なり、素麺のように細く、スープが凍っているほど冷たかった。ハングル表記となった現在でも、「ネン」は冷たい、「オン」は温かいという意味だという形態素レベルでの意識は、地元の方によると十分残っているそうだ。