タイプライターに魅せられた男たち・第15回

フランク・エドワード・マッガリン(5)

筆者:
2011年12月1日

トローブとの一戦に勝利したマッガリンは、1888年8月1日、ニューヨーク21丁目西208番地のメトロポリタン速記者協会にいました。この夜、25ドルの賞金を賭けて、タイプライターコンテストが開催されたのです。コンテストの参加者は、マッガリン、マイヤーソン(Emanuel Myerson)、グラント女史(M. C. Grant)、オール女史(Mae E. Orr)の4人で、いずれも「Remington Standard Type-Writer No.2」を使用しました。コンテストは、5分間の口述タイピングで競われました。

このコンテストでも、マッガリンは優勝を飾りました。マッガリンは5分間で494ワードを叩き、うち15ワードに誤りがあったものの、差し引き479ワードという記録でした。2位のオール女史は、5分間で495ワード、すなわちマッガリンより1ワード多く叩いたのですが、うち19ワードに誤りがあって、結果は476ワードと辛くも優勝を逃しました。しかも、この2人のタイピング法は対照的でした。キーボードを見ずに全ての指を使うマッガリンに対し、オール女史は両手の人差し指だけを使ういわば二本指打法だったのです。

8月1日のコンテストは、マッガリンの優勝に終わったものの、マッガリン自身には不満の残るコンテストでした。その不満をマッガリンは、翌日付の手紙で、こう書き記しています。

アメリカン・ライティング・マシン社御中

貴社の挑戦に応じ、Caligraphのオペレーターと一戦を交えるために、私はソルトレークシティから2500マイル以上を旅してまいりました。その目的のために、私はメトロポリタン速記者協会のタイプライターコンテストにエントリーし、開催の30日前に貴社にもお伝えいたしました。コンテストは昨晩おこなわれましたが、貴社のCaligraphは一台も現れませんでした。このことに関して、貴社のニューヨーク代理店を問い詰めましたところ、Caligraphのタイピストたちは、いずれも夏季休暇中でニューヨークにはいない、との旨の弁明をいただきました。そういうことであれば、私は、私と同等あるいはそれ以上のCaligraphのタイピストに対し、私とタイピングを競うべく、休暇先とニューヨークの往復費をお支払いしたいと存じます。お望みとあらば、100ドルないし500ドルの賭金も上乗せいたします。コンテストに用いる文章は、1887年にニューヨークの裁判所で記された裁判文書から、Caligraphのタイピスト側が選びだすこととし、コンテストに要する時間は30分あるいはそれ以上とします。私はニューヨークに30日間は滞在いたしますので、ぜひCaligraphのタイピストが名乗りを上げられんことを。

フランク・E・マッガリン

マッガリンは、この手紙をアメリカン・ライティング・マシン社に送りつけると同時に、カーボンコピーを複数の新聞社にバラまきました。マッガリンは何としても、世界一のタイピストとして認められたかったのです。

(フランク・エドワード・マッガリン(6)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

安岡孝一先生の新連載「タイプライターに魅せられた男たち」は、毎週木曜日に掲載予定です。
ご好評をいただいた「人名用漢字の新字旧字」の連載は第91回でいったん休止し、今後は単発で掲載いたします。連載記事以外の記述や資料も豊富に収録した単行本『新しい常用漢字と人名用漢字』もあわせて、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。