タイプライターに魅せられた男たち・第16回

フランク・エドワード・マッガリン(6)

筆者:
2011年12月8日

ニューヨークに30日間滞在すると公言していながら、マッガリンは8月13日、カナダのトロントにいました。カナダ速記協会(Canadian Shorthand Society)の第7回年次大会に参加するためでした。カナダ速記協会の年次大会では、この数年というもの、タイプライターのエキシビションがコンテスト形式でおこなわれていました。1888年8月の第7回年次大会では、4つのメダルを賭けてタイプライターコンテストがおこなわれました。タイプライターコンテストの参加者は、男性5名と女性5名の合計10名で、うち5名が「Remington Standard Type-Writer No.2」を、残りの5名が「Caligraph No.2」を使用していました。

コンテストの最初の競技は、手書き文書の清書でした。ビジネスレターを5分間、裁判の証言録を5分間、それぞれ清書するもので、優勝者には金メダルが、準優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。この競技の結果は以下のとおり([R]と[C]は使用機の頭文字を表します)。

  ビジネスレター 裁判の証言録 合計
オール女史[R] 2451ワード 2484ワード 4935ワード
マッガリン[R] 2401ワード 2355.5ワード 4756.5ワード
オズボーン[C] 2320ワード 2357ワード 4677ワード
グラント夫人[R] 2219ワード 2242.5ワード 4461.5ワード
マクブライド[C] 2141ワード 2173.5ワード 4314.5ワード
マクマナス女史[C] 2091ワード 2098.5ワード 4189.5ワード
ヘンダーソン夫人[C] 1907ワード 2071.5ワード 3978.5ワード
ベリー女史[R] 1908ワード 2018ワード 3926ワード
スナイダー[R] 1673ワード 1771.5ワード 3444.5ワード
ニコラス[C] 遅刻のため記録なし

金メダルはオール女史が、銀メダルはマッガリンが獲得しました。タッチタイピストのマッガリンが、2本指タイピストのオール女史に敗退したのです。

2つ目の競技は「This is a song to fill thee with delight.」を繰り返し叩いて、そのスピードを競うもので、優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。結果は、オズボーン(Thomas W. Osborne)が630.7ワードを叩いて優勝、銀メダルを獲得しました。3つ目の競技は、カーボン紙をはさんだ15枚の紙に同時にタイピングするという競技で、ヘンダーソン夫人(Mrs. A. J. Henderson)が優勝し、銀メダルを獲得しました。

マッガリンにとって、世界一のタイピストはおろか、2本指打法のオール女史にすら敗退してしまったのは、かなりショックだったようです。しかも、レミントンの親会社であるウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、オール女史と契約を結んで、レミントン・タイプライターの広告を打ち始めました。かなりの訓練を要するタッチタイピングより、2本指でも高速なタイピングが可能だ、というのが、ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告戦略でした。

ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner's Magazine』1888年12月号)
ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner’s Magazine』1888年12月号)

(フランク・エドワード・マッガリン(7)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

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