『日本国語大辞典』をよむ

第45回 エレジーのかなしさ

筆者:
2018年10月21日

あいか【哀歌】【一】〔名〕悲しい心情を表わした詩歌。悲歌。エレジー。*御伽草子・李娃物語(室町時代小説集所収)〔室町末〕「昔は公子と成て、金殿に書学を学び、今は落魄と作て、舞台に哀歌を歌ふ」*基督信徒の慰〔1893〕〈内村鑑三〉一「我は死に就ては生理学より学べり、之を詩人の哀歌(アイカ)に読めり」*日本の下層社会〔1899〕〈横山源之助〉三・一・二「お鉢引き寄せ割り飯眺め米は無いかと眼に涙の哀歌を謡ふもの、亦た宜ならずや」*荘子-天地「独弦哀歌、以売名声於天下」【二】(原題{ラテン}Lamentationes)「旧約聖書」中の一編。五章から成る。預言者エレミヤがエルサレムの荒廃を嘆いて歌ったものと伝えられるが、別人の作とされている。エレミヤ哀歌。

見出し「あいか(哀歌)」の語釈末尾にある「悲歌」「エレジー」を『日本国語大辞典』で調べてみる。

ひか【悲歌】〔名〕(1)(─する)悲しい気持をうたうこと。また、悲痛な調子の歌。哀歌。*蕉堅藁〔1403〕歳暮感懐、寄甯成甫「遙想東門飯牛者、悲歌声絶泪縦横」*日本書紀桃源抄〔15C後〕「八日夜啼哭は鳥の声の悲歌するを云ぞ」*金色夜叉〔1897〜98〕〈尾崎紅葉〉続・一「往々悲歌して独り流涕す」*不如帰〔1898〜99〕〈徳富蘆花〉下・三・一「宛(さ)ながら遠き野末の悲歌(ヒカ)を聞く如く」*史記-周昌伝「高祖独心不楽、悲歌」(2)死者をいたむ詩歌。エレジー。

エレジー〔名〕({英}elegy{フランス}élégie)悲しみの詩。死者を悼(いた)む詩。転じて、悲しみを歌う音楽。悲歌。哀歌。挽歌(ばんか)。*緑蔭茗話〔1890〜91〕〈内田魯庵〉「後年有名なるエレジーを作り唯一篇の短詩欧洲全土を震動せしグレイが観念以て見るべし」*橋〔1927〕〈池谷信三郎〉五「ほんとはマスネエの逝く春を惜しむ悲歌(エレジイ)を弾いたんだったけど」*巷談本牧亭〔1964〕〈安藤鶴夫〉甘酒「なんとか、講談という芸を再興させようというような善意ではなくって、いつでも、ほろびゆくものを悼む東京の哀愁(エレジイ)として扱われる」

見出し「エレジー」の語釈末には「挽歌(ばんか)」が置かれているので、見出し「ばんか(挽歌)」も調べてみよう。

ばんか【挽歌・輓歌】〔名〕(1)(「挽」は「柩(ひつぎ)をひく」の意)葬送のとき、柩を載せた車をひく者のうたう歌。*太平記〔14C後〕三九・法皇御葬礼事「山中の御葬礼なれば、只徒(いたづら)に鳥啼て挽歌(ハンカ)の響をそへ」*雲壑猿吟〔1429頃〕悼寿巖喝食「北邙山下空回首、鶯囀春風似挽歌」*晉書-礼志中「挽歌出于漢武帝、役人之労、歌声哀切、遂以為終之礼」(2)人の死をいたむ詩歌。哀悼の意を表わす詩歌。*随筆・独寝〔1724頃〕上一九「ゆふし余も輓歌をのベて手向」*俳諧・鶉衣〔1727〜79〕続・上・一二一・咄々房挽歌並序「驢鳴の挽歌を裁して曰」(3)(挽歌)「万葉集」で、歌を内容から分類した名称の一つ。雑歌・相聞とともに三大部立の一つ。中国の詩、特に「文選」の挽歌詩の影響を受けたもの。この類には辞世や人の死、また伝説中の人物に関するものなどを含んでいる。平安時代以降の歌集では「哀傷」の部にあたる。*万葉集〔8C後〕二・一四五・左注「故以載于挽歌類焉」*奥義抄〔1135〜44頃〕上「相聞歌・挽歌 相聞は恋歌也。挽歌は哀傷也」

見出し「あいか(哀歌)」の語釈末には「悲歌」「エレジー」が、見出し「ひか(悲歌)」の語義(1)の語釈末には「哀歌」が、語義(2)の語釈末には「エレジー」が、見出し「エレジー」の語釈末には「悲歌」「哀歌」「挽歌」が置かれている。これらは、『日本国語大辞典』第1巻にある「凡例」の「語釈について」の「四 語釈の末尾に示すもの」の1「語釈のあとにつづけて同義語を示す」とある「同義語」にあたる語であると思われる。筆者はまったく同義の語は存在しないと考えるので、以下「類義語」という用語を使う。

「アイカ(哀歌)」の類義語が「ヒカ(悲歌)」であるということを「→」を使って、「アイカ(哀歌)」→「ヒカ(悲歌)」と表示することにする。すると、「アイカ(哀歌)」→「ヒカ(悲歌)」・「アイカ(哀歌)」→「エレジー」、「ヒカ(悲歌)(1)」→「アイカ(哀歌)」・「ヒカ(悲歌)(2)」→「エレジー」、「エレジー」→「ヒカ(悲歌)」・「エレジー」→「アイカ(哀歌)」・「エレジー」→「バンカ(挽歌)」という関係があることになる。これだけだとこみいっていてわかりにくいと思うが、これを紙に書き出すなどして整理すると、「アイカ(哀歌)」・「エレジー」・「ヒカ(悲歌)」の間ではそれぞれの矢印が双方向になり、この3つの語はかなり固く結びついていることが確認できる。見出し「ばんか(挽歌)」の末尾には類義語が何も置かれておらず、「エレジー」の類義語は「バンカ(挽歌)」であるが、「バンカ(挽歌)」の類義語は「エレジー」ではないことになる。

さて、筆者が気になったのは、「ヒカ(悲歌)」の語義が(1)と(2)とに分けて記述され、(2)の語義には単に悲しいということではなく、「死者をいたむ」とあることだ。その類義語が「エレジー」だから、「エレジー」の類義語は「バンカ(挽歌)」になる。しかし、「アイカ(哀歌)」の使用例の初めにあげられている「舞台に哀歌を歌ふ」は〈悲しい調子を帯びた歌〉であろうから、やはりこれは「ヒカ(悲歌)(1)」だろう。

と、いろいろ書いてきたが、筆者が「エレジー」という語を見て、まず思ったのは、かつて「赤色エレジー」という曲があったな、ということだった。「あがた森魚+蜂蜜ぱい」という変わったアーティスト名、林静一の劇画が瞬時にして蘇った。しかし、その当時でも、「エレジー」がよくわからなかったような気がする。2018年の今、いろいろな意味合いで、「エレジー」の悲しさはいっそうとらえにくくなってきているかもしれない。

筆者プロフィール

今野 真二 ( こんの・しんじ)

1958年、神奈川県生まれ。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。日本語学専攻。

著書に『仮名表記論攷』、『日本語学講座』全10巻(以上、清文堂出版)、『正書法のない日本語』『百年前の日本語』『日本語の考古学』『北原白秋』(以上、岩波書店)、『図説日本語の歴史』『戦国の日本語』『ことば遊びの歴史』『学校では教えてくれないゆかいな日本語』(以上、河出書房新社)、『文献日本語学』『『言海』と明治の日本語』(以上、港の人)、『辞書をよむ』『リメイクの日本文学史』(以上、平凡社新書)、『辞書からみた日本語の歴史』(ちくまプリマー新書)、『振仮名の歴史』『盗作の言語学』(以上、集英社新書)、『漢和辞典の謎』(光文社新書)、『超明解!国語辞典』(文春新書)、『常識では読めない漢字』(すばる舎)、『「言海」をよむ』(角川選書)、『かなづかいの歴史』(中公新書)がある。

編集部から

現在刊行されている国語辞書の中で、唯一の多巻本大型辞書である『日本国語大辞典 第二版』全13巻(小学館 2000年~2002年刊)は、日本語にかかわる人々のなかで揺らぐことのない信頼感を得、「よりどころ」となっています。
辞書の歴史をはじめ、日本語の歴史に対し、精力的に著作を発表されている今野真二先生が、この大部の辞書を、最初から最後まで全巻読み通す試みを始めました。
本連載は、この希有な試みの中で、出会ったことばや、辞書に関する話題などを書き進めてゆくものです。ぜひ、今野先生と一緒に、この大部の国語辞書の世界をお楽しみいただければ幸いです。隔週連載。