あいか【哀歌】【一】〔名〕悲しい心情を表わした詩歌。悲歌。エレジー。*御伽草子・李娃物語(室町時代小説集所収)〔室町末〕「昔は公子と成て、金殿に書学を学び、今は落魄と作て、舞台に哀歌を歌ふ」*基督信徒の慰〔1893〕〈内村鑑三〉一「我は死に就ては生理学より学べり、之を詩人の哀歌(アイカ)に読めり」*日本の下層社会〔1899〕〈横山源之助〉三・一・二「お鉢引き寄せ割り飯眺め米は無いかと眼に涙の哀歌を謡ふもの、亦た宜ならずや」*荘子-天地「独弦哀歌、以売㆓名声於天下㆒」【二】(原題{ラテン}Lamentationes)「旧約聖書」中の一編。五章から成る。預言者エレミヤがエルサレムの荒廃を嘆いて歌ったものと伝えられるが、別人の作とされている。エレミヤ哀歌。
見出し「あいか(哀歌)」の語釈末尾にある「悲歌」「エレジー」を『日本国語大辞典』で調べてみる。
ひか【悲歌】〔名〕(1)(─する)悲しい気持をうたうこと。また、悲痛な調子の歌。哀歌。*蕉堅藁〔1403〕歳暮感懐、寄甯成甫「遙想東門飯㆑牛者、悲歌声絶泪縦横」*日本書紀桃源抄〔15C後〕「八日夜啼哭は鳥の声の悲歌するを云ぞ」*金色夜叉〔1897〜98〕〈尾崎紅葉〉続・一「往々悲歌して独り流涕す」*不如帰〔1898〜99〕〈徳富蘆花〉下・三・一「宛(さ)ながら遠き野末の悲歌(ヒカ)を聞く如く」*史記-周昌伝「高祖独心不㆑楽、悲歌」(2)死者をいたむ詩歌。エレジー。
エレジー〔名〕({英}elegy{フランス}élégie)悲しみの詩。死者を悼(いた)む詩。転じて、悲しみを歌う音楽。悲歌。哀歌。挽歌(ばんか)。*緑蔭茗話〔1890〜91〕〈内田魯庵〉「後年有名なるエレジーを作り唯一篇の短詩欧洲全土を震動せしグレイが観念以て見るべし」*橋〔1927〕〈池谷信三郎〉五「ほんとはマスネエの逝く春を惜しむ悲歌(エレジイ)を弾いたんだったけど」*巷談本牧亭〔1964〕〈安藤鶴夫〉甘酒「なんとか、講談という芸を再興させようというような善意ではなくって、いつでも、ほろびゆくものを悼む東京の哀愁(エレジイ)として扱われる」
見出し「エレジー」の語釈末には「挽歌(ばんか)」が置かれているので、見出し「ばんか(挽歌)」も調べてみよう。
ばんか【挽歌・輓歌】〔名〕(1)(「挽」は「柩(ひつぎ)をひく」の意)葬送のとき、柩を載せた車をひく者のうたう歌。*太平記〔14C後〕三九・法皇御葬礼事「山中の御葬礼なれば、只徒(いたづら)に鳥啼て挽歌(ハンカ)の響をそへ」*雲壑猿吟〔1429頃〕悼寿巖喝食「北邙山下空回㆑首、鶯囀春風似㆓挽歌㆒」*晉書-礼志中「挽歌出㆓于漢武帝、役人之労㆒、歌声哀切、遂以為㆓送㆑終之礼㆒」(2)人の死をいたむ詩歌。哀悼の意を表わす詩歌。*随筆・独寝〔1724頃〕上一九「ゆふし余も輓歌をのベて手向」*俳諧・鶉衣〔1727〜79〕続・上・一二一・咄々房挽歌並序「驢鳴の挽歌を裁して曰」(3)(挽歌)「万葉集」で、歌を内容から分類した名称の一つ。雑歌・相聞とともに三大部立の一つ。中国の詩、特に「文選」の挽歌詩の影響を受けたもの。この類には辞世や人の死、また伝説中の人物に関するものなどを含んでいる。平安時代以降の歌集では「哀傷」の部にあたる。*万葉集〔8C後〕二・一四五・左注「故以載㆓于挽歌類㆒焉」*奥義抄〔1135〜44頃〕上「相聞歌・挽歌 相聞は恋歌也。挽歌は哀傷也」
見出し「あいか(哀歌)」の語釈末には「悲歌」「エレジー」が、見出し「ひか(悲歌)」の語義(1)の語釈末には「哀歌」が、語義(2)の語釈末には「エレジー」が、見出し「エレジー」の語釈末には「悲歌」「哀歌」「挽歌」が置かれている。これらは、『日本国語大辞典』第1巻にある「凡例」の「語釈について」の「四 語釈の末尾に示すもの」の1「語釈のあとにつづけて同義語を示す」とある「同義語」にあたる語であると思われる。筆者はまったく同義の語は存在しないと考えるので、以下「類義語」という用語を使う。
「アイカ(哀歌)」の類義語が「ヒカ(悲歌)」であるということを「→」を使って、「アイカ(哀歌)」→「ヒカ(悲歌)」と表示することにする。すると、「アイカ(哀歌)」→「ヒカ(悲歌)」・「アイカ(哀歌)」→「エレジー」、「ヒカ(悲歌)(1)」→「アイカ(哀歌)」・「ヒカ(悲歌)(2)」→「エレジー」、「エレジー」→「ヒカ(悲歌)」・「エレジー」→「アイカ(哀歌)」・「エレジー」→「バンカ(挽歌)」という関係があることになる。これだけだとこみいっていてわかりにくいと思うが、これを紙に書き出すなどして整理すると、「アイカ(哀歌)」・「エレジー」・「ヒカ(悲歌)」の間ではそれぞれの矢印が双方向になり、この3つの語はかなり固く結びついていることが確認できる。見出し「ばんか(挽歌)」の末尾には類義語が何も置かれておらず、「エレジー」の類義語は「バンカ(挽歌)」であるが、「バンカ(挽歌)」の類義語は「エレジー」ではないことになる。
さて、筆者が気になったのは、「ヒカ(悲歌)」の語義が(1)と(2)とに分けて記述され、(2)の語義には単に悲しいということではなく、「死者をいたむ」とあることだ。その類義語が「エレジー」だから、「エレジー」の類義語は「バンカ(挽歌)」になる。しかし、「アイカ(哀歌)」の使用例の初めにあげられている「舞台に哀歌を歌ふ」は〈悲しい調子を帯びた歌〉であろうから、やはりこれは「ヒカ(悲歌)(1)」だろう。
と、いろいろ書いてきたが、筆者が「エレジー」という語を見て、まず思ったのは、かつて「赤色エレジー」という曲があったな、ということだった。「あがた森魚+蜂蜜ぱい」という変わったアーティスト名、林静一の劇画が瞬時にして蘇った。しかし、その当時でも、「エレジー」がよくわからなかったような気がする。2018年の今、いろいろな意味合いで、「エレジー」の悲しさはいっそうとらえにくくなってきているかもしれない。