三省堂辞書の歩み

第24回 ABCびき日本辞典

筆者:
2014年1月15日

ABCびき日本辞典

大正6年(1917)6月1日刊行
井上哲次郎・服部宇之吉・新渡戸稲造・大沢岳太郎・横井時敬・草野俊助・江木衷・佐伯勝太郎共編/本文2344頁/四六判変形(縦188mm)

【ABCびき日本辞典】1版(大正6年)

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【本文1ページめ】

見出しが和英辞典のようなアルファベット順になっている日本語の辞典である。見出しにローマ字を採用したのは、歴史的仮名遣いの不便を軽減するためであろう。特に字音語の仮名遣いは正確に覚えにくいため、見出しを発音式仮名遣いにした辞典も明治45年(1912)に出始めていた。

アルファベット順の国語辞典が刊行され始めたのは大正4年だった。冨山房の『ローマ字びき国語辞典』(のちに『ローマ字で引く国語辞典』)と啓成社の『ローマ字索引国漢辞典』(のちに『ABC引きポケット辞典』)である。

本書は収録数が約9万3000項目あり、先行の小型ローマ字引き国語辞典の3~4倍ほどになる。収録した語は、死語を省いて有用なものを網羅し、百科辞典の性質を備えている。それもそのはず、大正元年に第6巻を出したところで中断してしまった『日本百科大辞典』の編集員を従事させて作られたものだった。

そのせいか、百科項目が充実している反面、国語項目が手薄となって副詞や接続詞などは載せていない。したがって、他の国語辞典とは大幅に違って、主体となる百科項目に国語項目を付け加えたかたちの内容である。その語釈やカットには同社の『辞林』(明治40年・1907)などからの流用も見られる。

見出しのローマ字表記は基本的に改正ヘボン式だが、「ん」に相当する撥音は「n」だけを使い、助詞の「を」に「wo」を用いている点は異なっている。語構成はハイフンで表し、活用語の語尾は表示されていない。

品詞の表示はなく、動詞・形容詞だけは活用の種類などを語釈の後に記載してある。仮名遣いは、歴史的仮名遣いを誤りやすい語に限り、見出しの後にカタカナで掲載。漢字表記欄は送り仮名を省いている。

なお、凡例の最後に「略語及記号表」を載せるが、次の頁にほとんど同じ「略語表」を掲載しているから不思議である(国会図書館所蔵本では切り取られている)。そして、巻末には56頁分の「難訓索引」が付された。

●最終項目

Zuzu-tsunagi(ズズ―)[数珠繋]数珠玉を繋ぎつらぬきたるが如く、多くのものを繋ぐこと、罪軽き囚人を多く縛するなどにいふ。

●「猫」の項目

Neko[猫](い)【動】食肉類中猫科に属する小獣、多く人家に飼養せらる、頭円く尾長し、体軀は狭長にして屈伸自在なり、毛色種々あり、夜間は瞳円大なれども日中には豎針状となる、よく鼠を捕ふ。(ろ)芸者の異称。(は)知りて知らぬさまをなすこと、又其人。(に)本性をつつみかくして平凡をよそほふこと、又其人。(ほ)土製の「あんくゎ」の称。〘東京〙

●「犬」の項目

Inu[犬、狗](い)食肉類の目に属する動物、世界到る所に家畜として飼養す、体軀伸張し、胸部濶大に腰辺狭小、吻端前方に突出し口角深く後方に裂く、種類甚だ多し。義畜。(ろ)密告者。(は)間諜。探偵。まはしもの。

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筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2水曜日の公開を予定しております。