高知で調査した方言の拡張活用例の報告の続きです。
高知県出身の若者(特に県外の大学に進学している高知県出身の大学生)に,ふるさとに戻って就職してもらうための,幟がありました。私は,勤務校で学生の就職支援の担当をしているので,高知市内のジョブカフェに立ち寄り,すぐ目に止まりました。
「帰ろう! 変えろう!」です【写真1】。全く同音の二つの文で,リズムを出しています。(左の「高知県」とは,これが県庁の事業なので,実施主体名を示しているもので,メッセージとは別のものです)殊に,その第2文において高知方言をとても上手に活用することにより,全体として,「ふるさとに戻って来て将来も高知県を支えてもらいたい」という意図が,高知県出身の若者によく伝わる方言メッセージとなっています。
第1文の「帰ろう」は共通語と同じですね。第2文の「変えろう」は,共通語では「変えよう」となるところですね。動詞「変える」が下一段活用なので,共通語では勧誘の助動詞は「―よう」が着きます。高知方言では,そこが違うのです。
「変える」のような一段活用動詞の,意志勧誘の表現では「―ろう」が着きます。この事象について,共通語との違いは,意志勧誘の助動詞の違い(「―よう」と「―ろう」)と見るか,鹿児島方言などのような,共通語で一段活用の動詞のなかの,「ラ行五段活用」になっている例と見るかは,意見が分かれます。というのは,鹿児島方言などでは,全活用形を通して五段活用化が認められるのに対し,高知方言では,意志勧誘表現だけにラ行(ロ)が出てくるからです。もし,「変えらん」「見らん」「食べらん」(打ち消し)などの例があれば,五段活用化とはっきりするのですが,高知では,「変えん」「見ん」「食べん」となりますので,助動詞の違いという考えも出てくるのです。このような高知方言の事象を,上手に活用した方言メッセージとなっています。
なお,高知県庁のウェブページ内でも,このメッセージと趣旨について説明しています。URLは,http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/151401/kaerou.html です。
また,この幟は,ジョブカフェで扱っている職種(事務系や営業系)のほか,第一次産業にもあり,各業種で色を変え,全部で5種類あります【写真2】。高知空港のロビーに全種類掲示されていました。