これまで、子ども向けの学習国語辞典に重心を置いて話を進めてきましたが、今回から、一般向けの国語辞典を中心とした話に戻ります。
どんな国語辞典を買うべきかという問題について、私は、「辞書は1冊には決められない。複数の辞書をそろえて、比べながら使うべきだ」ということを何度も述べてきました。結論を避けていると思われては困ります。これが私の結論なのです。
そうは言っても、いきなり何冊も買わなくたってかまいません。この連載の内容も参考にして、まずは辞書を1冊買って帰ったという前提で、話を進めます。
井上ひさしさんは、辞書などの厚い本を買ったら、まずすることがあると言います。
〈机に背をつけて立たせ、表紙と裏表紙をおろす。次に表と裏から二十頁ぐらいの分量で、交互におろして行く。これを数回行えば背割れが生じない。〉(『本の枕草紙』)
背割れとは、本の背をかためたのりが縦に割れることです。薄い文庫本でも、ときどき、ぱきっと2つに割れることがあります。背割れに強い辞書もありますが、それでも、特定のページが開きやすいように癖がついたりします。これを防ぐには、背の部分にいくつもの折れ目をつけておくといいのです。こうすれば、辞書を開いた時、のど(左右のページの合わせ目)の奥までよく見えるというメリットもあります。
辞書はていねいに扱いたい、できれば買った時のままの状態を保ちたいと言う人がいるかもしれませんが、それだと、どうしても辞書を使う機会が減ってしまいます。使い勝手をよくするには、背割れの防止以外にも、いろいろやるべきことがあります。
辞書の外箱は、断固捨ててしまいます。この外箱は、主として流通上の必要からつけてあるものですが、辞書を引く時には、いちいち箱から出していては能率が落ちます。美しいデザインの外箱でも、涙をのんで捨てます。
表紙のビニールカバーは、汚れを防ぐためのものですが、やはり捨てたほうがいいと思います。表紙を支える指がすべって引きにくいし、音がくしゃくしゃうるさいからです(『岩波国語辞典』など、カバーのない辞書もあります)。もっとも、カバーを捨てると困ることもあります。使っているうちに、表紙の金文字がこすれて消えてしまうのです。
消えない金文字にしてほしい
表紙の文字が消えやすいのは、実用上、大きな支障があります。このことは、辞書のデザイン担当の方々に対し、声を大にして訴えます。
私は、学生時代から、辞書を買ったら必ずカバーを外して使っていました。ところが、少し経つと文字が消えて、何の辞書だか分からなくなってしまいます。
やむをえず、金色の顔料のペンでなぞって、「○○辞典」と書きます。うまく書いたつもりでも、顔料はじきに薄汚れて黒くなり、やがて消えてしまいます。
このあたりから、私の試行錯誤が始まりました。
図書館の本のように、表題の上に接着剤を塗ればいいのではないかと思いつきました。大学図書館で聞くと、あれは酢酸ビニール系接着剤(木工用ボンドの類い)を塗ってあるそうです。ただ、これは、硬い表紙にはいいのですが、辞書のビニールの表紙には向きません。使っているうちに、ぱりぱり剥がれていきます。
もう少し粘度のあるほうがいいかと考えて、黄色い合成ゴム系の接着剤を塗ってみたこともあります。これは、ぱりぱりではなく、ダマになって、ぼろぼろ剥がれました。
塗装に使うラッカーの類いも同じで、結局は剥がれました。
コーティングフィルムも貼ってみました。表紙が硬くなって引きにくくなりました。
さあ、こうなると、もう私にはアイデアはありません。話は振り出しに戻り、辞書はビニールのカバーをつけたまま使うスタイルになりました。
辞書によっては、表紙の文字を型押しして、そこに金文字を入れたものもあります。これなら、金色が消えたあとでも、型だけは残るので、目を凝らせば何の辞書かは分かります。『集英社国語辞典』の表紙などは、かなりくっきりと型押ししてあります。
あるいは、消えやすい金色・銀色ではなく、他の色を使う辞書もあります。『旺文社国語辞典』は、白い表紙に青い大きな丸を印刷し、黒字で表題を書いてあります。これは比較的耐久性がありそうです。
私の好みを言えば、やはり、型押ししない金文字の表題です。これが簡単に消えないようにさえなっていれば、私は断然、ビニールのカバーは外して使います。デザイナーの方々に何とかくふうしていただけないかと、切に願います。