言語の特性の一つに「常に変化し続けること」がある。音声(発音)も変化する。日本語の音も変化している。
五十音図は日本語のすべての音を体系的に、つまり網羅的かつ重複なしで記述していると考えられがちだが、よく見ると、この五十音図も日本語の音を1対1対応で正確に文字で表記しているとは言えない。たとえば「お」と「を」、「じ」と「ぢ」は文字上では区別があるが、発音上の区別は、原則的にはない。一方、五十音図にはない「でぃ」と表記される発音は、すでに日本語に定着している。以前はこの音は日本語にはなかったので、外来語には「ビルジング」「ビルヂング」などという発音および表記が用いられた。しかし現在では「ビルディング」という発音および表記が普通だろうし、「デズニーランド」などと発音する人は圧倒的に少数派だろう。(もっとも現在でも、「ディジタル」ではなく「デジタル」という発音および表記が通常の外来語も存在する。)また「ティ」「ファ」などの音も、かなり定着しているようだ。このように五十音図が日本語の音声を正確に表記できなくなっているのも、日本語の音声が変化しているからである。
ドイツ語の発音も変化する。ドイツ語には五十音図に対応するようなものはないが、本来のドイツ語音と、そうではない音を一応区別することはできる。本来のドイツ語音としては、数え方にもよるが、母音は17個程度、子音は21個程度ある。音の数から言うとドイツ語は日本語よりかなり多いのだが、それに加えて、たとえば Restaurant (レストラン、発音は [rɛstorã: れストらーン※])の最後の鼻母音などのように、本来のドイツ語音にはなかったのだがフランス語の影響で完全にドイツ語の中に定着している音もある。Garage (ガレージ、発音は [gará:ʒə ガらージェ])の最後の子音もドイツ語に定着していて、この音は他にも Etage, Gage, Staffage など多くの語に用いられている。このように、ドイツ語の音声も変化しているのである。
「ドイツ語のカナ表記」の項でも書いたように、クラウン独和辞典第4版では、このような本来のドイツ語音とは異なる音を持つ単語については、国際音声記号(IPA)のみではなく、できる限りカナ発音でも発音を示してある。このような単語の発音には、特にご注意いただきたい。