地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第218回 日高貢一郎さん:韓国釜山方言の関西弁訳~大阪コリアタウンの横断幕~

2012年9月8日

大阪市の生野区には「コリアタウン」と呼ばれる一角があり、昨今の韓流ブームもあって、買い物の人や観光で訪れた人などで大変にぎわっています。(最寄駅は、JR大阪環状線の「鶴橋」駅または「桃谷」駅です)

表紙に「ようこそ! 多文化の街 コリアタウンへ」というキャッチフレーズが書かれたガイドマップには、次のように書かれています。

アンニョンハセヨ! 私たちの街「コリアタウン」へようこそ! ここ、コリアタウン(御幸通商店街)は キムチなどの韓国食材や民芸品、韓流グッズを扱う店舗約120軒が、東西500メートルの間に軒を連ねている活気溢れる商店街です。 (以下、略)

ここには、古くは戦前に来日した韓国・朝鮮系の人たちが大勢住んでおり、特に済州島出身の人が多いということですが、この商店街は、韓国第2の都市・釜山(プサン)にあるチャガルチ市場と姉妹関係にあるとのこと。

コリアタウン=御幸通(西商店街・中央商店街・東商店街)には4つの門が立っています。そのうちの『百済門』には、韓国のことばをハングルとカタカナで書き、それに対応する日本語訳が関西弁で付けられた横断幕が掲げられています。

【写真】 「オイソ ボイソ サイソ」の横断幕
【写真】 「オイソ ボイソ サイソ」の横断幕(クリックで全体を表示)

「オイソ오이소 ボイソ보이소 サイソ사이소」とは、韓国の釜山地方で話されている慶尚方言で「来て、見て、買って」という意味だそうですが、その日本語訳がご当地の関西弁で「来てえな 見てえな 買うてえな」と書いてあります(第19回「お隣の国、韓国の方言事情」でも、韓国釜山でのこの表現について触れています)。

釜山は韓国第2の都市で、ちょうど日本における大阪のような地位を占め、その気質や方言が大阪に似ている面が多い、と言われることがある由。

韓国のいわば大阪にあたる釜山方言での表現と、それに対応する日本語訳が関西弁だという興味深い取り合わせの横断幕が、おりからの風に揺れながら、毎日、大勢の来訪者たちを迎えています。

《参考》
① 生野コリアタウンのガイドマップは、http://ikuno-koreatown.com/ を参照 
② 鄭 惠先「方言イメージの日韓対照」(2007)によると、調査は日韓の代表的なそれぞれ8つの方言について、2005年には韓国の4都市で、翌2006年には日本の3都市で、大学生=合計649名を対象に行われたとのこと。その「まとめ」の中で「近畿方言と慶尚方言の間には共通するイメージが多く見られる」と述べられています。詳しくは、//www.isc.hokudai.ac.jp/www_ISC/staff/010/kankokunihongogakkai2.pdf を参照。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。