ベルリンでのことが想い出されます。ドイツ語の方言を話すベルリンっ子の状況を聞こうとして、買い物に立ち寄った店やレストランで聞いてみました。どの年代の人もベルリンでは標準語を話していると言ってとりあってくれませんでした。いろいろ探して第74回「ドイツの方言(ベルリン編)」で紹介しました。
日本でも東京近郊を調査すると同様のことが起こります。例えば、千葉で調査したときのことです。「みんなテレビも見てっがら、ここじゃあ、みな標準語話すだよ(みんなテレビも見ているから、ここでは、みんな標準語を話すよ)」というような言葉が返ってきます。
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訪れたオーストリアの首都ウィーン(人口約172万人)では状況が異なります。オーストリアの公用語はドイツ語ですが、みんなウィーン方言を話しているという自覚があって、ちゃんと説明ができるのです。本屋さんに立ち寄ったら「ウィーン方言に関してなら、こんな本や辞書が出版されていますよ」【写真1】と紹介してくれました。方言のCDもあります。 “Wienerisch(ウィーン弁)”という本を買って、一部写真を撮らせてもらいました。
これはポストカード【写真2】ですが、上から2番目の“Freund(友達)”は標準語で、ウィーン方言では“Hawara”と言います。もともと“haw-erer”であったのが“-ara”と音韻変化を起こしたとされています。“haw-erer”の動詞は“habern”であり、「いっしょに食べる」という意味から“Hawara”が「ごく親しい友人」という意味になったようです。およそ15歳以上の年齢のウィーンの人々が使っている言葉だそうです。
【写真3】は、ウィーン市内を走っている環状線のトラム(路面電車)に書かれていた宣伝です。“Mundl”は“Edmund(エドモンド)”という名前です。オーストリアのテレビ番組で人気者の“Mundl(ムンドルさん)”は、ウィーン方言を話しています。ですから、“The Ring tram speaks Viennese … with “Mundl” around the ring(環状線トラムでは、ムンドルさんとウィーン方言で話すんだよ)”といった意味になります。
かつてオーストリア=ハンガリー帝国の首都であったウィーンの方言は、さまざまな言語からの借用語が多いようです。方言もウィーン方言、チロル方言をはじめ、多くの方言があってしかも方言差が大きいとされています。
トラムのドイツ語の解釈についてバンベルク大学(Universität Bamberg)のDr.Heinrich Ramisch先生(方言学)、オーストリア人工知能研究所(Austrian Research Institute for Artificial Intelligence) のDr.Jeremy Jancsary先生(オーストリア方言学)にご協力をいただきました。紙面を借りてお礼申し上げます。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。