地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第219回 山下暁美さん:オーストリアの方言(ウィーン編)
The dialect of Austria(Vienna)

筆者:
2012年9月15日

ベルリンでのことが想い出されます。ドイツ語の方言を話すベルリンっ子の状況を聞こうとして、買い物に立ち寄った店やレストランで聞いてみました。どの年代の人もベルリンでは標準語を話していると言ってとりあってくれませんでした。いろいろ探して第74回「ドイツの方言(ベルリン編)」で紹介しました。

日本でも東京近郊を調査すると同様のことが起こります。例えば、千葉で調査したときのことです。「みんなテレビも見てっがら、ここじゃあ、みな標準語話すだよ(みんなテレビも見ているから、ここでは、みんな標準語を話すよ)」というような言葉が返ってきます。

(写真はクリックで全体を表示)

【写真1】
【写真1】

訪れたオーストリアの首都ウィーン(人口約172万人)では状況が異なります。オーストリアの公用語はドイツ語ですが、みんなウィーン方言を話しているという自覚があって、ちゃんと説明ができるのです。本屋さんに立ち寄ったら「ウィーン方言に関してなら、こんな本や辞書が出版されていますよ」【写真1】と紹介してくれました。方言のCDもあります。 “Wienerisch(ウィーン弁)”という本を買って、一部写真を撮らせてもらいました。

【写真2】
【写真2】

これはポストカード【写真2】ですが、上から2番目の“Freund(友達)”は標準語で、ウィーン方言では“Hawara”と言います。もともと“haw-erer”であったのが“-ara”と音韻変化を起こしたとされています。“haw-erer”の動詞は“habern”であり、「いっしょに食べる」という意味から“Hawara”が「ごく親しい友人」という意味になったようです。およそ15歳以上の年齢のウィーンの人々が使っている言葉だそうです。

【写真3】
【写真3】

【写真3】は、ウィーン市内を走っている環状線のトラム(路面電車)に書かれていた宣伝です。“Mundl”は“Edmund(エドモンド)”という名前です。オーストリアのテレビ番組で人気者の“Mundl(ムンドルさん)”は、ウィーン方言を話しています。ですから、“The Ring tram speaks Viennese … with “Mundl” around the ring(環状線トラムでは、ムンドルさんとウィーン方言で話すんだよ)”といった意味になります。

かつてオーストリア=ハンガリー帝国の首都であったウィーンの方言は、さまざまな言語からの借用語が多いようです。方言もウィーン方言、チロル方言をはじめ、多くの方言があってしかも方言差が大きいとされています。

トラムのドイツ語の解釈についてバンベルク大学(Universität Bamberg)のDr.Heinrich Ramisch先生(方言学)、オーストリア人工知能研究所(Austrian Research Institute for Artificial Intelligence) のDr.Jeremy Jancsary先生(オーストリア方言学)にご協力をいただきました。紙面を借りてお礼申し上げます。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 山下 暁美(やました・あけみ)

明海大学客員教授(日本語教育学・社会言語学)。博士(学術)。
研究テーマは、言語変化、談話分析による待遇表現、日本語教育政策。在日外国人のための「もっとやさしい日本語」構想、災害時の『命綱カード』作成に取り組んでいる。
著書に『書き込み式でよくわかる日本語教育文法講義ノート』(共著、アルク)、『海外の日本語の新しい言語秩序』(単著、三元社)、『スキルアップ文章表現』(共著、おうふう)、『スキルアップ日本語表現』(単著、おうふう)、『解説日本語教育史年表(Excel 年表データ付)』(単著、国書刊行会)、『ふしぎびっくり語源博物館4 歴史・芸能・遊びのことば』(共著、ほるぷ出版)などがある。

『書き込み式でよくわかる 日本語教育文法講義ノート』 『海外の日本語の新しい言語秩序―日系ブラジル・日系アメリカ人社会における日本語による敬意表現』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。