西先生は、『ウェブスター英語辞典』からARTの定義を引用した後で、改めて「学問(Science)」と「術(Art)」の違いを明確にするためにラテン語交じりの説明を引用しました。現代語訳を添えて、再び提示しておきましょう。
In science, scimus ut sciamus, in art, scimus ut producamus.
〔学では、知ルタメニ知リ、術では、ツクルタメニ知ル〕
(「百學連環」第4段落第4文)
では、この文はどこから来たのでしょうか。そう思って調べてみると、やはり『ウェブスター英語辞典』から取られていることが分かります。
ありがたいことに、『ウェブスター英語辞典』の最初の版である1828年版と、後の改訂版である1913年版の内容を電子化して閲覧に供している「NOAH WEBSTER’S 1828 AMERICAN DICTIONARY」というウェブサイトがあります。
ここでSCIENCEの項目を調べてみると、問題の一文が1913年版に書かれていることが分かるのです。
1828年版では、Scienceの五つの定義が示された後に、ちょっと面白いことが書かれています。原文は上記リンクをご覧いただくとして、ここでは日本語に訳出しておきましょう。
注記――作家たちは、「アート」と「サイエンス」という語について、しかるべき識別と正確さでもって使い分けることに必ずしも注意を払ってきたわけではない。〔例えば〕音楽はアートであり、同様にしてサイエンスである。一般に、アートとは実践や実演にかかるものであり、サイエンスとは抽象や理論的な原理にかかるものだ。つまり、音楽の理論はサイエンスであり、音楽の実演はアートである。
(『ウェブスター英語辞典』、1828年版、SCIENCEの項への注記)
英語において「アート」と「サイエンス」の区別が必ずしも厳密になされているわけではないという語用の一端が垣間見えますね。現在の日本語でカタカナとして使われる「アート」と「サイエンス」では、むしろ別の事柄としてはっきり分けられていますから、そういう観点からすると上でウェブスターが書いていることはかえって分かりづらいかもしれません。
しかしながら、ここまで見てきたように、いま私たちが確認しようとしている「アート」と「サイエンス」は、「術」と「学」と訳したほうが適切であるような言葉でした。上の「注記」の「アート」と「サイエンス」を「術」と「学」に置き換えて読むと、もう少しその混同しがちな雰囲気を味わいやすいかもしれません。あるいは「学」と「術」がつながった「学術」という言葉は、人によって「学」や「学問」と区別されずに使われる場合もあるようですから、似たような混乱が日本語においても見られるとも言えましょうか。
さて、『ウェブスター英語辞典』の1913年版では、SCIENCEの項目はどうなっているでしょうか。定義の詳細は省きますが、やはり五つの定義を示した後で、いくつかの補足がなされています(その後ろに第六番目の定義が続きます)。
一つはアスタリスク(*)で始まる注記で、「サイエンス」の分類が説明されています。「サイエンスには、応用(applied)と理論(pure)がある」というわけです。これについては、「百学連環」をもう少し読み進めたところで、改めて問題になってきますので、そこに譲ります。
次に、「比較サイエンス、帰納的サイエンス」という言葉が並びます。言い換えれば「比較的学問、帰納的学問」ですね。ここでは別の項目、「ComparativeとInductiveを見よ」と参照先が示されていますが、これも後ほど話題になりますのでおきます。
いま注目しておきたいのは、その次に置かれた段落です。「Syn.」つまり「同義語」という項目があって、まずはScienceの同義語(シノニム)として三つの言葉が掲げられています。ここにご注目ください。
Literature; art; knowledge.
どういうことなのか。続きは次回に。