歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第79回 Hold On, I’m Comin’(1966/全米No.21)/ サム&デイヴ(1961-1981)

2013年4月24日

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●歌詞はこちら
//www.songlyrics.com/sam-dave/hold-on-i-m-coming-lyrics/

曲のエピソード

男性/女性のソロ・シンガーやヴォーカル・グループ、バンド、男女(時に夫婦)のデュエットなど、歌を生業にしている人々のスタイルは様々だが、こと男性デュオとなると、その数は全体の数パーセントにも満たないのではないだろうか。R&B/ソウル・ミュージック愛好家は言うに及ばず、洋楽に親しんできた人々が「男性デュオといえば?」と問われたなら、十中八九“サム&デイヴ”の名前を挙げることだろう。今ここで彼ら以外の男性デュオの名を思いつくままに挙げてみると――。「Ain’t No Stopping Us Now」(1979/全米No.13)のヒットで知られるフィラデルフィア・ソウル全盛時代に活躍したマクファデン&ホワイトヘッド、暫定的なコンビながら、元テンプテーションズの故デイヴィッド・ラフィンが兄ジミーと組んだ兄弟コンビのラフィン・ブラザーズ、先述のマクファデン・ホワイトヘッドのジョン・ホワイトヘッドの息子ふたりが結成した兄弟デュオのホワイトヘッド・ブラザーズ(ケニー&ジョニーとも名乗った)、本連載第22回で採り上げたボーイズIIメンの好敵手と言われた男性ヴォーカル・グループJODECIから派生した、やはり兄弟デュオのK-Ci & Jojoなど。他にもいるだろうが、これ以上、思い浮かばない。もちろん、“男性デュオ”と聞いて、筆者の頭の中に咄嗟に浮かぶのもサム&デイヴである。

サム&デイヴは、1966~69年にかけて、僅か3年間に怒涛の勢いでヒット曲を放った(その間、R&Bチャートのトップ10圏内に送り出したヒット曲は計7曲)。この「Hold On, I’m Comin’」はR&Bチャートで堂々のNo.1を獲得しており、彼らにとって記念すべき初の大ヒット曲。ちなみに、彼らの代名詞的な大ヒット曲「Soul Man」(1967)は、R&Bチャートで7週間にわたってNo.1,全米チャートではNo.2を記録している。

筆者が曲の背景を知ったのは、大学時代に読んだ洋書『NOWHERE TO RUN the story of SOUL MUSIC』(Gerri Hirshey著/Pan Books/1984)。曰く“… then into more dah-dahs, instantly indentifiable as the opening riff to “Hold On, I’m Coming,” a song that took root when David Porter(※アイザック・ヘイズとコンビを組んでいたソングライターのひとり)was bellowing for Isaac to come on out of the studio bathroom.”――要約すると、同曲が出来上がったきっかけは、スタジオ内のトイレにこもっていたデイヴィッドに「早く出て来いよ!」と促したアイザックに向かって、デイヴィッドが返した言葉“Hold on! I’m comin’!(ちょっと待てよ! 今すぐ出るから!)”だった、ということ。筆者は当時この箇所を読んで、大爆笑した憶えがある。

コンビ解散から7年後の4月9日、デイヴことデイヴィッド・プレイターは50歳の若さで亡くなった。一方のサム・ムーアは今も精力的に活動を続けており、しばしば来日公演も行っている。ヒットの規模からいえば「Soul Man」を採り上げるのが妥当だろうが、内容がラヴ・ソングではあるものの、1966年という時代背景を鑑みた場合、ちょっと目線を変えればメッセージ・ソングにも聞こえるこの曲が、公民権運動の最中にヒットしたことは非常に意義深いと思う。

曲の要旨

そうクヨクヨするなよ。物事が自分の思い通りに運ばなかったり、落ち込んだり、悲しみの淵に沈んだりした時には、俺に頼ってくれ。待ってろよ、今すぐお前のもとに駆け付けるからな。今まさにお前のところへ向かってるところなんだ。お前が寒さを感じるなら温めてあげるよ。俺がお前の側に来たからには、もう安心だからな。どこへも行くんじゃないぞ、そのままそこで待ってろ、今すぐ飛んで行くから。

1966年の主な出来事

アメリカ: NOW(National Organization for Woman/全米女性機構)が結成される。
日本: ビートルズが来日し、武道館でコンサートを行う。
世界: 中国で文化大革命(通称「文革」)が始まる。

1966年の主なヒット曲

These Boots Are Made For Walkin’/ナンシー・シナトラ
(You’re My) Soul And Inspiration/ライチャス・ブラザーズ
Wild Thing/トロッグス
Reach Out I’ll Be There/フォー・トップス
Good Vibrations/ビーチ・ボーイズ

Hold On, I’m Comin’のキーワード&フレーズ

(a) when times are bad
(b) in a river of trouble
(c) Hold on, I’m comin’

10代の頃、この曲のタイトルを冠したLPのジャケ写を初めてレコード店の店頭で初めて見た時、「Hold On, I’m Comin’」のエピソードを知った時以上に大笑いしたものだ。「今すぐお前のもとに行くから待ってろよ」と言いつつ、歩みがのろい小動物の亀に乗っかるコンビ……。しかもデイヴさんに至っては、亀の甲羅の上に肘鉄を突いて寝そべっているではないか(笑)。日本の童謡「うさぎとかめ」を引き合いに出すまでもなく、“亀=歩みののろい小動物”という概念は、洋の東西を問わず同じものらしい。それにしても、何と洒落の効いたジャケ写のデザインなんだろう! 1960年代には、こうした頓智の効いたジャケ写がいくらでもあったものである。

筆者は子供の頃から、この曲をずっとメッセージ・ソングだと思い込んでいた。曲のエピソードでも触れたように、ヒットしたのが公民権運動真っ只中の1966年だからである。ところが、歌詞を傾聴してみると、これが「悲しみに沈んでいる女性のもとに駆け付ける男性の歌」というのが判然とする。同年に大ヒットしているフォー・トップスの「Reach Out I’ll Be There」(全米No.1)も同じテーマを持つ曲だったが、サム&デイヴの場合、“男臭さ”が勝っているせいか、今の今までラヴ・ソングだとは爪の先ほども思わずに聴いてきた。お恥ずかしい限り。「Hold On, I’m Comin’」=ラヴ・ソングの根拠は、外でもない、歌詞にちょこちょこ出てくる“baby”という呼び掛けである。これさえなければ、正真正銘の(?)メッセージ・ソングだったのに……。例えば、本連載第7回で採り上げたベン・E・キング「Stand By Me」(1961/全米No.4)にしても、愛する人への呼び掛け“Darlin’”さえなかったなら、ゴスペル・ナンバーあるいはメッセージ・ソングに聞こえるのと同じ。

結婚式の誓いの言葉の決まり文句でもある(a)は、結婚式風に訳せば「病める時」(※誓いの言葉では“bad times”)だろうが、ここを含むフレーズを「君が病める時は僕に頼ってくれ」と解釈してしまっては、曲の主人公が医者に思えてしまう。なのでこれは却下。直訳の「毎日の日々が辛い時」を意訳するなら、「悲しい時や辛い時」だろうか。思い切って「誰かの助けが必要な時」でもいいだろう。また、ここのフレーズは、以下のように書き換えることも可能。

♪when times are tough.
♪when times are rough.

いずれも「大変な時、とてもじゃないけど耐えられない時」とう意味になる。とにかく今すぐ誰かの救いの手が欲しくなるような辛い状態を指しているのだから、浦島太郎よろしく亀に乗ってノロノロと駆け付けてもらっては、待つ方はいい加減ジレてしまう。

(b)の“river”は比喩で、筆者はここのフレーズから、強烈なゴスペル臭を感じ取る。理由は、ゴスペル・ナンバーの多くに“氾濫する河=目の前に立ちはだかる困難”という比喩が登場するから(ex. 「Roll Away, Troubled River」)。その後に「(君が困難の河に)溺れそうになっている時には」と続くことからも、語り掛けている相手が実際に河に溺れかかっているのではないことが判る。そもそもこの世に「困難」という名の河などない。ここのフレーズもまた、この曲をメッセージ・ナンバーだと筆者に勘違いさせるには充分だった。咄嗟に、本連載第12回で採り上げたサイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」(1970/全米No.1)を思い出してしまったほどである。同曲は、正真正銘のメッセージ・ソングだった(しかもゴスペル・ナンバーを参考にしている)。

実はこの曲のシングル盤がリリースされた時、オリジナルのタイトルを「Hold On! I’m A Comin’」といった。“A”は、フレーズにリズムを付けるための合いの手みたいなもので、別段、意味はない。仮にそこが“I’ma ~”だったとするなら、“I’ma(=砕けた言い回しで、am going to ~/am gonna ~と同義)come”でなければならない。シングル盤のリリースから約1か月後、この曲をタイトルに冠したアルバムがリリースされた際、曲のタイトルが「Hold On, I’m Comin’」に改められたというわけ。多くの方がご存知だろうが、動詞の“come”は「来る」という意味だが、例えば2階の子供部屋に向かってお母さんが“Breakfast is ready!(朝ご飯が出来たわよ!)”と叫んだ場合、子供は“I’m going!”ではなく“I’m coming!(今、行くよ!)”と言う。この曲の“comin’”はそれと同様である。

拙宅には、日本独自でリリースされた「Soul Man」とカップリングになっているシングル盤がある(リリース年不明/当時の定価¥370)。A面は、「Soul Man」より先にヒットした「Hold On, I’m Comin’」。そして筆者は、アーティスト名の表記“サムとデイヴ”に目頭を熱くせずにはいられないのだ。ただし、サムさんとデイヴさんは日本盤シングルのピクチャー・スリーヴでは亀に乗ってはいないけれど。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。