歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第80回 (They Long To Be) Close To You(1970/全米No.1,全英No.6)/ カーペンターズ(1969-1983)

2013年5月1日
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●歌詞はこちら
//www.lyricsfreak.com/c/carpenters/they+long+to+be+close+to+you_20951727.html

曲のエピソード

兄妹デュオで世界一有名なカーペンターズ。妹のカレンが32歳の若さで急逝したという報を、筆者はたまたまFEN(現AFN)のトップ・ニュースで耳にした。幼い頃からFENでカレンの歌声を聴かない日はなかったと言ってもいいほど頻繁にカーペンターズの曲が流れていたから、にわかには信じられなかった。

些末なことかも知れないが、ネット上には彼らのアーティスト名の表記がThe Carpentersとなっているものが多い。正しくは定冠詞なしのCarpentersである。また、今回採り上げた「(They Long To Be) Close To You(邦題:遥かなる影)」も、カッコなしの「Close To You」となっているものがかなりある。当然ながら、これも誤り。正式なタイトルはカッコ付きの「(They Long To Be) Close To You」である。カーペンターズにとっての初ヒットが全米No.1という快挙を成し遂げた。全米チャートでは4週間にわたってNo.1の座を死守、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは何と6週間にわたってNo.1(ゴールド・ディスク認定)。

カーペンターズには、「Please Mr. Postman」(1974/全米No.1/オリジナルはマーヴェレッツで、1961年にやはり全米No.1)を始めとして、カヴァー曲が少なくないが、この「(They Long To Be) Close To You」もやはりカヴァーである。この曲を最初にレコーディングしたのは、アメリカの俳優兼シンガーのリチャード・チェンバレン(Richard Chamberlain/1934-/アメリカで大ヒットしたTV映画『SHOGUN』での三浦按針役で脚光を浴びた)で、シングル曲「Blue Guitar」(1963)のB面だった。また、故ホイットニー・ヒューストンの従姉妹としても知られるヴェテラン・シンガーのディオンヌ・ワーウィックもこの曲をレコーディングしているが、こちらの方はシングル・カットされず、彼女の通算4枚目のアルバム『MAKE WAY FOR DIONNE WARWICK』(1964)の収録曲のひとつで、タイトルはカッコなしの「They Long To Be Close To You」だった。しかしながら筆者は、この曲をアフリカン・アメリカンの人々が歌うことに対してどこか居心地の悪さを感じてしまう。理由は後述するが、どう考えてもこれはWASPの人々(更に言い募るなら金髪碧眼を得て生を受けた人々)向けの曲だからだ。そのことは、歌詞を聴けば(読めば)判然とする。

曲の要旨

あなたが木立の側を通ると、鳥たちが木々の間から姿を現すのは何故かしら? あなたが夜道を歩いている時、空から星々が降ってくるのは何故かしら? きっと、私の気持ちと同じように、鳥たちも星々もあなたの側に寄り添いたいのよね。あなたが金髪で青い目を持って生まれたのは、きっと父なる神様が天使を遣わして下さったお蔭なのよ。だから、魅力的なあなたを街中の女の子は放ってはおかないの。彼女たちだって、私と同じように、あなたの側に近付きたいって思っているのよ。

1970年の主な出来事

アメリカ: ヴェトナム戦争への反戦デモに参加していたオハイオ州立ケント大学の学生4名が射殺される。
日本: 赤軍派による日本航空よど号のハイジャック事件が世間を震撼させる。
世界: ビートルズ解散のニュースが世界中に衝撃を与える。

1970年の主なヒット曲

Thank You (Falettinme Be Mice Elf Agin)/スライ&ザ・ファミリー・ストーン
Everything Is Beautiful/レイ・スティーヴンス
The Long And Winding Road/ビートルズ
The Love You Save/ジャクソン・ファイヴ
My Sweet Lord/ジョージ・ハリスン

(They Long To Be) Close To Youのキーワード&フレーズ

(a) the angels
(b) moon dust
(c) starlight in your eyes of blue

本連載第13回で採り上げたユーリズミックス「There Must Be An Angel (Playing With My Heart)」では、“angel”の頭には不定冠詞が付いていた。ところが、カーペンターズはハッキリと“THE angels”と歌っている。これは、父なる神の御子=イエス・キリストが遣わした天使に外ならない。非クリスチャンには、到底理解できない歌詞である。この世で、例えばヨーロッパの宗教画家が描いた空想上の天使以外に、本物の天使を見たことがある人がいるであろうか? その“angels”に定冠詞が付いている歌詞を見聞きしただけで、筆者は仰天してしまった。もちろん、熱心なクリスチャンの人々にとっては、天使には定冠詞の“the”が付くのが当たり前であろう。が、筆者は無神論者なので(そしてそのことを、筆者が大学生時代に知り合いだった上智大留学生のアフリカ人男性の知人に「無宗教とは何事だ!」と激怒されて叱責されたことがある。そのことをきっかけに、彼とは絶縁)。

英語には“stardust(星屑)”という言葉はあるが、この曲の歌詞に出てくる“moondust(月塵=月の土壌の細かな粒子のこと)”は滅多に英詞に登場しない。月光は光り輝く黄色を放つが、これは遠回しに“金髪”を意味しているとしか考えられない。そして(b)に至っては、「あなたの“青い瞳”に“星明りを宿した”」と歌っている。筆者は(a)と(b)のフレーズから、金髪碧眼に生まれたキリスト教徒の“この世で最も美しい人間”という概念に裏打ちされた歌詞であることを強烈に感じ取らずにはいられない。くり返すが、“angels”の頭に定冠詞が付いていることが何よりの証拠である。そして無神論者である筆者は、どうしてもこの曲に感情移入ができないままこれまで生きてきた。ただし、そこまで深読みせずに聴いてきた日本人のカーペンターズのファン及び洋楽愛好家にとっては、そうしたことは全く気にならないのだろう、とも思う。事実、筆者が子供の頃、ラジオから頻繁に流れてきたこの曲を聴いて、何の違和感も感じなかったのだから。

タイトルにもなっている(c)は、「金髪で青い目の素敵なあなたに、人々も動物たちも近づきたいと望んでいるのよ」と言う意味だ。裏を返せば、黒髪で茶色い目や黒い瞳を盛った人々には、生き物たちは「近づきたい」と思わない、と言っているに等しい。耳に心地好い曲ではあるが、ヒネクレ者の筆者はこの曲がWASPに受け入れられたがために大ヒットに結び付いたとしか思えない。神がこの世に遣わした天使が美しい男性=金髪碧眼をお創りになった、という箇所が、どうしても人種差別的に聞こえてしまう。

今でも使われている息の長い邦題「遥かなる影」は、これまで本連載で何度か言及してきた“雰囲気もの”の邦題だが、日本語として美しいとは思う。恐らくカッコ付きの原題が長過ぎたために、当時の担当ディレクターさんが頭を捻って考え出したのであろう。また、聴きようによっては、筆者にはこの曲がイエス・キリストを称えるゴスペル・ナンバーにも聞こえる。どうしても“THE angels”が引っ掛かるからだ。

今でも日本で根強い人気を誇っているカーペンターズの曲は、カレンの歌声同様に、いずれも美麗である。それこそが、彼らの人気の最大の要因であろう。個人的には、カレンが存命だったなら、男女のドロドロとしたラヴ・ソングを歌うのも聴いてみたかった。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。