今回は現段階で最古と思われる方言看板を紹介します。薬屋の看板に「しろなる」と書いてあります【図】。もともとは,大坂の浮世絵師長谷川光信画の狂歌絵本『絵本家賀御伽(かがみとぎ)』3冊(栗柯亭木端作)宝暦2年(1752)の中の図です。三谷一馬(2013)『江戸看板図聚』中央公論新社p.90からコピーしました(関係者の許諾をいただきました)。『日本名著全集江戸文芸之部』第30巻『風俗図絵集』(1929)の復刻図版で見ても,確かに「しろなる」と書いてあります。
色のしろなる薬
面薬資清香
右之外妙薬品々
地理的に見ましょう。「白くなる」を「しろうなる」と言うのは,形容詞連用形のウ音便で,西日本一帯で使われます。「しろなる」はその短音化(短呼)で,近畿から北陸にかけてと,九州中央部に分布します。近世以降別々に発生したのでしょう。インターネットで「方言文法全国地図」で検索して,第3集の137図・138図・139図・140図を見ると,分かります。印刷もできます。(「方言文法全国地図」へのリンク先はPDF)
歴史的に見ると,形容詞連用形のウ音便は,平安時代から現れます。キリシタン宣教師ロドリゲスの『日本大文典』では,江戸時代初期の京都の標準的な言い方とされています。そのウ音便が短音化する現象は,近松門左衛門(1653~1725)の作品にもいくつか現れますから,江戸時代前期には生じていました。ただ,1756年以降の上方の小説類でも,一作品に数個程度しか出ません(村上謙2003)。1752年の看板は,かなり古い使用例です。
ただし,方言という意識がなく使われたのかも知れません。看板では,公的な文章語を漢字で書くのが当たり前でした。今でも「白くて」でなく「白くって」と広告に書いたら,くだけた感じでしょう。ちなみに「方言文法全国地図」の138図では,「白くって」は北関東と福島県に現れます。1752年の看板の「しろなる」は今の「白くって」と同じ程度に口語的または俗語的だったでしょう。現代の東京に方言があり,若者が「ら抜きことば」や「じゃん」や「違かった」などの東京新方言を使うことを考えると,江戸時代上方の新方言が看板に現れたととらえていいでしょう。その意味で,気づいた限り最古の方言看板です。なお今のところ最古の方言番付は江戸時代後期の金沢の番付(第292回「最古の方言番付―金沢の江戸時代の刷り物―」),方言ネーミングによる最古の店名は1880年の「がんべ茶屋」です(第291回「がんべ茶屋~方言ネーミングのはじめて?」)。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。