地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第187回 井上史雄さん:「いいじゃんくまもと」の方言借用
Dialect borrowing in “Ii-jan Kumamoto”

筆者:
2012年2月4日

羽田からのモノレールで、方言広告に気が付きました。

「いいじゃん天草 いいじゃんくまもと いいじゃん阿蘇」

と書いてあります。以下のような事情で、広告の原図が手に入りました。今は見られませんから、特別にお目にかけます【写真1】。

【写真1】
【写真1 いいじゃんくまもと】
(写真はクリックで拡大)

さて、「じゃん」は山梨(または愛知県三河)起源とされ、横浜から東京に伝わり、今全国に広がっています。広島では「ええじゃん広島」をキャッチフレーズにしていました【第27回】。「じゃん」はついに熊本にまで達したのかと思いました。

思いついて熊本県観光課をネットで探して、問い合わせました。熊本市シティプロモーション課で広告を出したことを教えてくれました。そこに以下のようなメールを出しました。

《「じゃん」を使ったのは、熊本で使っているからでしょうか、それとも羽田に近い横浜の方言として有名だと判断したのでしょうか。》

すぐに返事が来ました。

《主に首都圏で使われる表現ということで使用致しました。あえて当地域の方言を使用せず、広告を掲出する地域の方の共感を誘う手法を用いておりますため、首都圏の皆さまに向けて「いいじゃん」という表現を使用した次第です。》

広告などで別の地域の方言を借用する例は、この連載第153回第175回でも扱われています。また、『日本語学』(2009年1月号)のエッセイ「ことばの散歩道」128回でも九州の「うまかんべ」と千葉の「うまか」を報告しました。

【写真1】
【写真2 うまいじゃ】
(写真はクリックで全体を表示)

「方言リアリズム」が崩れたわけです。そういえば広島県宮島で「これは うまいじゃ しゃもじ」というお菓子を見つけました【写真2】。買ったあと店の人に聞いたら、「うまいじゃ」とは言わないそうです。でも広島めかした言い方だと考えればいいし、食べてみたらおいしかったから、許しましょう。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。