地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第186回 田中宣廣さん:「続続土佐日記」

筆者:
2012年1月28日

高知で調査した方言の拡張活用例の報告の3回目です。

高知方言の「こじゃんと」を取り上げます。

「こじゃんと」には,二つの意味があります。一つは,数もしくは量の多いこと(共通語なら「たくさん」)です。もう一つは,程度の甚だしいこと(共通語なら「とても」)です。「こじゃんと」は,二つの意味の両方ともで,拡張活用されています。

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【写真1 龍馬も雅治も『こじゃんと』】

 

【写真2 大とっくりで『こじゃんと』】
上:【写真1 龍馬も雅治も『こじゃんと』】
下:【写真2 大とっくりで『こじゃんと』】
【写真3 『こじゃんと』おるき】
【写真3 『こじゃんと』おるき】
【写真4 子どもも『こじゃんと』】
【写真4 子どもも『こじゃんと』】
【写真5 『こじゃんと』安心】
【写真5 『こじゃんと』安心】
【写真6 締めは『こじゃんと』】
【写真6 締めは『こじゃんと』】

はじめに,数また量の多いことの拡張活用例です。まず,“「龍馬」も?「雅治」も『こじゃんと』飲みゆう”【写真1】は,一昨年のNHK大河ドラマに重ねたメッセージですね。(用例の引用に『こじゃんと』は,二重カギ括弧『 』で挟みます。以降同じです)“『こじゃんと』飲んでよ”【写真2】も,同じような用法です。また,“土佐の海には旨い魚が『こじゃんと』おるき ”【写真3】と,食品そのものでなく,食材でのアピールも,とても興味深い用例です。

次に,程度の甚だしいことの拡張活用例です。まず,土佐名物「(カツオなど魚の)たたき」の広告です。“いろんな魚をタタキで食べたら『こじゃんと』おいしい!”【写真4】は,女の子,つまり,子どもに発言させた例です。方言は古いもの,あるいは,年寄りだけのもの,という先入観を逆手にとった(もしくは,誤りとしての先入観を正した)拡張活用法だと思います。これは,幟になっていますが,卓上版もあります【写真4をクリックして表示】。また,共済の広告“『こじゃんと』! 安心!”【写真5】は,高知出身者ではない私から見ましても,高知の人が本当に全面的に頼って安心する感じがよく伝わってきます。おしまいの例は,一昨年(2010年)1月に開催されました「土佐・龍馬 であい博」のポスターです。“高知は『こじゃんと』うまい!”とありますが,「こじゃんと」のところだけ白抜きにして強調しています【写真6】。ポスターの大部分を,いろいろな高知方言で表現し,結びのまさしく《締め》に「こじゃんと」を使っています。この使い方からも,高知の人にとりまして「こじゃんと」は,代表的な高知方言(土佐弁)であることが理解できます。

なお,私は,高知出身の先輩より,昨年末に土佐文旦(とさぶんたん:柑橘果物の一種)を「こじゃんと」贈っていただきました。「こじゃんと」おいしいものでした。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 田中 宣廣(たなか・のぶひろ)

岩手県立大学 宮古短期大学部 図書館長 教授。博士(文学)。日本語の,アクセント構造の研究を中心に,地域の自然言語の実態を捉え,その構造や使用者の意識,また,形成過程について考察している。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東北大学大学院文学研究科博士課程修了。著書『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』(おうふう),『近代日本方言資料[郡誌編]』全8巻(共編著,港の人)など。2006年,『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』により,第34回金田一京助博士記念賞受賞。『Marquis Who’s Who in the World』(マークイズ世界著名人名鑑)掲載。

『付属語アクセントからみた日本語アクセントの構造』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。