先日、三省堂の辞書の責任者・山本康一さんにお目にかかり、お顔を拝見しただけでなく、新明解国語辞典への気持ちを、三時間お話しさせていただきました。ありがたいことでした。
その時、わたしは「新明解国語辞典を読むためには、いくつかこつがあります」と、申し上げました。今回書くこの原稿で、わたしが見つけたこつをご紹介します。ですが、
「こうしなきゃ絶対だめです。それ以外だと失敗する」
などと、いう大袈裟なものではありません。何でもそうですが、これはただの情報です。試してみて、うまく出来たら続けて下さい。他のやり方がお好みでしたら、そうして下さい。ただそれだけのことです。どんな方法でも、新明解国語辞典の豊かな海(あるいは山)の中から、ご自分で言葉を見つけられればいいのです。
今、「こつ」という言葉が出てきました。せっかくなので、これも引いてみましょう。このように「隙」あらば引く、最初の一歩です。
表記として「[二]は多く、「コツ」と書く。」と、あった。
はぁー、知らなかった。コツって、骨なんですか。「こつ」と感じが全然違う。恐れ入りました。わたしはただ、「知っている言葉を引こう」とか「あいうえお順に引くと飽きるから、それはしないほうがいい」という特に至妙の境地とは思えないことを、お伝えしたかっただけです。
さて、それでは知っている言葉ですが、今のわたしは「杖」ですね。
わたしは、脊柱管狭窄症の手術を受けて丸二年になりました。これは背骨がずれて神経を押して、脚が痛くてしびれて歩けなくなる病気です。自分で治したいな、と思いましたが治らず、名医が背骨を削ってボルトで止めて下さいました。今、毎日回復中なのですが、両脚がしびれているので通勤には杖を使っている。ずっと立っているのが、今は大変です。
わたしの杖は、竹(木)の棒とは違って、金属製で車輪が付いている。ハンドル、ブレーキ、荷物を掛けるフックもある。格好よくてとても便利です。杖とステッキは同じかな? と思います。内田裕也さんがお持ちだったのは、きっとステッキだと思う。杖ではないですね。
「優先席は、何も専用席じゃないんだ。誰が座ってもいい席だ」
と、いう人いますね。そう言う人は、ほとんど健常者です。はい、座っていてもいいけれど、立っているのが大変な人たちは、優先席に座れたら助かる、と思っています。だから、やっぱり席は譲ってもらいたい。
そうです、とても正しい。用例にも「△王座(政権・財産・席)を―」と、ある。
あ、それは見て見ぬふりではなくて、スマホを見ているから、自分の前にどんな人が立っているのか全然見えていないのだと思います。
先日、夜、バスの優先席で男女が座って、男が女の肩に手を回して、あれこればからしい事を言っていた。わたしは前に立って、その二人を(いろいろな事を思いながら)見ていました。女の方が(ほんの少しだけ)まともだったようで、わたしを見て、
「この席、座りますか?」
と、言いました。わたしは心の中で、「あのさー、この席、座りますか? じゃなくてね、『あ、わたし達が優先席に座ってしまって、本来座るべき方を、ずっと立たせていてすみませんでした。どうぞ座って下さい』でしょう?」 と、思いました。が、実際には、
「ええ、そうね、杖をついてヘルプマークを付けている障がい者を前に立たせて、健常者が優先席に座っていちゃいちゃしていると迷惑だからどいて欲しいわ」
と、言いました。二人がどいたので、座りました。わたしは、あの二人が優先席はどういう席なのか、知らなかったのならこの先、覚えるといいと思います。
手術後、約一カ月入院していました。リハビリは、歩くこと、布団にまず四ん這いになって身を横たえること、階段の上り降り、そんな事をしました。毎日、テレビで勝新太郎主演「新・座頭市」の再放送を見た後に、リハビリをしました。
最初は、よろよろとしか歩けませんでした。
あはは、本当にそうです。こんな感じだった。でも、今は杖が必要だけれどちゃんと歩けます。
そうです。わたしは、歩けるだけでとても幸福に思える人間になりました。この先わたしは、走ることは多分、もうありません。
そうです。速く移動しないことになりました。だから信号も急いで渡ろうとはしない。次の青信号まで、ゆっくり待つようになりました。何もかも、ゆっくりにしか出来なくなりました。今のところ、それで何も困っていません。
わたしは、そうやって背骨と自分の生活を立て直そうと思うのです。
(次回へつづく)