機内で、スチュワーデスさんが入れてくれたジュースがそのまま机上でこぼれた。揺れるので仕方ない、こういうときは「クェンチャナヨ」と言ってみる。中国語のメイクアンシ(没関係)の「関」の字音が変形したものが含まれているのだそうだ。トイレから戻ると、2回とも私の空の座席に入ってよけて、やり過ごそうとする。「イッチョギ(こちら)…、ハハハ」、日本のスチュワーデスと反応が異なり、これはこれで愛嬌があった。大らかにアクビをして、すぐにニコニコする。鼻をサッと曲げて吸うなど、なかなかナチュラルだ。
機内の座席に取り付けられた小さな画面には、旅を「お樂しみ下さい」と、ゴシック体のテロップが往路で流れた。日本語だが2回ともこの字は旧字体だった。復路では写真に収めようと狙ったが、なぜか英語版になってしまっていた。
機内のその画面では、たまたま映画「Blind 블라인드」(ブラインド)を付けた。主演のキム・ハヌルが交通事故で血まみれになり、失明。日本の情感と異なる感情が揺さぶられるのが特徴で、展開がいつもながら劇的すぎるが、つい引き込まれてしまう。このハヌルは、韓国の固有語で空(そら)の意味で、漢字離れがここにも見られる。中国語圏では、「荷娜」と女性らしい漢字で音訳している。途中までで時間切れとなったが、画面上はハングルばかりで、漢字は見当たらなかった。これが現実の韓国の文字空間なのだろうか。
・商品
韓国においては、商品には、漢字が散見された。「眞露」と酒のケースに記されていた。これは日本でもお馴染みの固有名詞に対するロゴだ。「辛」は、飛行場のカートの宣伝部分に見かけた。カップラーメンの容器の写真にあり、これも日本でもよく知られている商品名だ。日本語では「辛い」の訓読みが 「からい」なのか「つらい」なのかと話題になるが、韓国では、姓を含めてシンという音読みでしか用いられない。
ホテルの水には、安心してお飲み下さい、とあったが、やはりペットボトルの水は手放せなかった。容器に「愛」がハングルと混用表記されているのが目に入る。製品名の欄では、ハングル優先で
몸 애(愛) 좋은 물
と、漢字は括弧内に追いやられていた。現在、韓国においては法律により、公文書では括弧内へ併記するだけであっても、漢字を用いる際にはなんと大統領令が必要なのだそうだ。
ペットボトルのお茶には、「茶」「」と、やはり1字だけ漢字が記されており、逆に漢字が際立って目に付く。こうした単字のキーワード的な使用は、漢字が記号のような存在に映るのだが、今回は韓国でたくさん目に入った。現代の日常的な韓国語を漢字で表記する、という点は、ベトナムには見られない現象であった。韓国の方が、漢字を撤廃した時期が遅いことや政策で部分的ながら復活させたりしたこともあって、より残っているといえるだろうか。
空港内の土産物品店では、後述するように、日本語や中国語の、つまり日本人向け、中国・香港・台湾の人向けの漢字使用が商品や掲示に頻出していた。韓国語の商品名や社名も、漢字表記にすることで外国人旅行者にも曲がりなりにも読め、意味もうかがえ、親しみさえも持てるようにしようと図っているのだろう。